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日が暮れるまで、同じ事をひたすらに繰り返した。
走りを終えたリリスは、最後の映像チェックを行った。
「ぜんぜん良くなってない……」
自分の走りは、昨日と何も変わっていない。
今日もまた、一日が徒労に終わった。
そんな暗い気持ちで、リリスはホテルに帰った。
(ウェイトトレーニングのほうが、よっぽど楽だったな……)
次の日も、次の日も、リリスは同じことを繰り返した。
ウェイトトレーニングのおかげで、彼女の筋力は少しずつ上昇していた。
なのに走りのほうは、いっこうに良くはならなかった。
心に疲労が蓄積し、思わずこう呟いた。
「走るのが……楽しくない……」
そのとき。
「鞍に乗っててやろうか」
暇そうに、ヒナタが姿を現した。
……自分はこんなにも苦労しているのに。
楽しそうだ。幸せそうだ。
どうして私は苦しんでいるのに、この男はそうじゃないの?
妬みの色に染まったドロリとした視線が、ヒナタを突き刺しにかかった。
「……あなたは良いですね。暇そうで」
「べつに暇じゃねえよ」
「だったら私なんかに構わず、
忙しいお仕事にでも邁進されてはいかがですか?」
「そうしたいところだが、
オマエがあんまりにもつまらなさそうに走るもんだからよ。
次のレースは、俺とおまえで走るんだ。
そんな顔で走られたら、
俺の気も滅入るってもんだ」
「それは悪かったですね。
けど……こういう努力は一人でやり遂げるものでしょう?
あなたの手を借りたからといって、
どうなるものでもないと思いますけど」
「二人のほうが楽しいだろ?」
「あなたと走っても、私は楽しくありません」
「遠慮すんなよ。困った時はお互い様だろ」
ヒナタは強引に、リリスに鞍を取り付けてきた。
リリスは呆れてため息をついた。
「まったく……強引な人」
陰気なリリスの声に、ヒナタは陽気にこう返した。
「嬉しいんだ。パートニャーができて」
そこには曇りのない微笑があった。
「パートニャーじゃないです。
……ふがいない所を見せたら、すぐに鞍をおりてもらいますよ」
「ああ。頑張るよ」
ヒナタは鞍に跨り、魔導手綱を手に取った。
「さあ、張り切っていこう」
「乗っかってるだけのくせに」
リリスはヒナタに呆れ声を向けた。
だがその声は、先ほどまでと比べると、少し明るかった。
二人でコースを何周か走った。
そしていつものように、カメラの映像をチェックすることになった。
「…………」
渋い顔で、リリスはモニターを睨みつけた。
横からのんきな声で、ヒナタがこう尋ねてきた。
「前となんか変わったか?」
「ぐ……」
「ぐ?」
「ぐにゃーっ!」
リリスは大きく前脚を上げ、ヒナタを押し倒そうとしてきた。
「うおわっ!?」
ヒナタはリリスを受け止めた。
彼女がぐいぐい押してくるので、根負けして地面に倒れた。
リリスはヒナタをふみふみし、胸の内を吐き出した。
「つまんないつまんないつまんないつまんない!
クソつまんないんですよこの練習!!
1ピコもおもしろくないんですよーっ!!!」
「ふっ……ははっ」
「何ですかその笑いは」
こっちは真剣で、笑い事ではないのだが。
リリスはむっとして、ねこ特有の大きな瞳を、ヒナタの顔に近付けた。
「言えたじゃねえか。つれえわって」
「言えたらなんなんですか」
「ちょっと根を詰めすぎなんじゃねえか?
朝から暮れまでやってないで、
別の練習を増やしてみたらどうだ?」
「変な練習を混ぜても、効果ないですよ。
もしこれより良い練習があるのなら、
お姉さまが黙っている理由がありません。
この練習が今の私にとっては、
いちばん良い練習なんです」
「効率を言えばそうなのかもしれんが。
おまえはハヤテのやつに、
気持ちの相談はしてないんだろ?
俺にやったみたいにぜんぶ吐き出してみせたら、
あいつだって別の練習法を教えてくれるんじゃないか?」
「お姉さまにそんなこと言ったら、
私はますますダメな猫じゃないですか」