2の11の1「ニャツキとカサマツ」
「ボスにそう言ってもらえると心強いぜ。
けど今回は、カサマツで日帰りだな」
「はい。ヒニャタさんもそれで構いませんね?
ってあれ? ヒニャタさん?」
すぐ近くに居たはずのヒナタは、いつの間にかどこかへ消え失せていた。
混乱したニャツキに、サクラがこう言った。
「ヒナタさんなら向こうで猫に声かけてるぞ」
「にゃっ!?」
……。
出走登録の日から、20日後。
ニャツキとサクラのレース当日がやってきた。
サクラは前回の惨敗により、ねこランクを落としている。
それで最低ランクのFランクレースに出場することになった。
サクラは軽快に、カサマツのコースを駆けた。
前回のレースから、サクラは二回り成長している。
Fランクの猫たちでは、彼女の相手にはならなかった。
他の猫を突き放し、サクラが一着で、悠々とゴールを決めた。
勝者となったサクラは、明るい顔で装鞍所に戻ってきた。
「さすがっスあねさん!」
「ぶっちぎりでしたね!」
ムサシとコジロウがサクラを出迎え、そして褒め称えた。
「よせよ。Eランクに戻ったくらいで。恥ずかしい」
元気の良い賛辞に、サクラはむず痒そうな顔を見せた。
ニャツキが口を開いた。
「いえ。サクラさんは、これでDランクに昇格となりますね」
「にゃ? そうなのかボス?」
「はい。Fランクに降格したと言っても、
ねこポイントが0になったわけではありませんからね。
残っていたポイントと今回のポイントを合わせての
昇格となります」
「詳しいなボス」
「トレーニャーですからね。無免許ですけど」
「そっか……。私がDランクねこに……」
先に続く激戦を幻視したのか。
サクラは喜ぶよりも、むしろ硬い顔になった。
そんな彼女を見て、ニャツキは穏やかにこう説いた。
「そう気負うことはありませんよ。
あなたはとても才能がある猫です。
走りを間違えなければ、Dランクレースでも必ず勝てますよ」
「ボス……」
サクラはねこ姿のまま、ニャツキに抱きついた。
「にゃっ!?」
いきなりの愛情表現に、ニャツキは驚きを見せた。
普通なら猫に押し潰されるような状況だが、彼女の体幹はびくともしなかった。
「あっ、ずるいっス! ウチも!」
「私も!」
ムサシとコジロウが、後ろからサクラに抱きついた。
少し離れた位置で、ジョッキーのノバナが笑みを漏らした。
……。
一行は控え室に戻った。
EからDランクのレースが、つつがなく終わった。
次はCランクレース。
ニャツキの出番だ。
「ボス。格の違いを見せてやってください」
「ええ。わかっていますよ」
サクラの声援を受け、ニャツキは再び装鞍所へ向かった。
そこでレース服に着替えると、ヒナタを背に乗せてパドックに向かった。
ファンとの交流の後、ニャツキはスタート地点に立った。
「ヒニャタさん。
Cランクレース程度では、
あなたの(ようなすばらしいジョッキーの)出る幕はありませんから。
大船に乗った気でいてください」
「わかってるよ」
若干のディスコミュニケーションの後、ヒナタは強化呪文を唱えた。
レース開始のカウントダウンが始まった。
3、2、1、0。
ニャツキは素早く飛び出し、良いスタートを切った。
彼女は一団のトップに立った。
このまま加速して、後続を突き放してやりたい。
ニャツキはそう思っていたが……。
いきなり上空から、彼女に雷が降ってきた。
「にゃっ!?」
死角からの奇襲に、ニャツキは回避行動を取れなかった。
ニャツキは雷に打たれ、体を痺れさせた。
減速した彼女は追い抜かれ、ニャ群の後方に沈んだ。
ニャツキの他には、調子を乱した猫はいないように見えた。
いきなりのご挨拶を貰ったのは、ニャツキ一人だけらしい。
「俺様を狙い撃ち……!?
また陰湿なねこホテルの陰謀ですか……!?」