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「そう。考えが変わったら連絡して。
いつでも歓迎するから」
「考えが変わることなどありません。
敗北者はとっととあっちに行ってください」
「はいはい」
マニャはコースの出口に足を向けた。
リョクチャがその後を追った。
「…………」
(まさか……カゲトラに勝つ新人が居るなんて……。
あの子はきっと、来年のねこ王杯に出てくる。
速いけど、まだ私の方が実力は上のはず。
ぜったいに負けるわけにはいかない)
「マニャさん?」
硬い顔のマニャに、リョクチャが声をかけた。
マニャは表情を崩し、リョクチャに微笑みを向けた。
「どうしたの? リョクチャ」
「いえ……」
……。
ニャツキは更衣室に向かい、普段着に着替えた。
カゲトラとノリコは、勝負の遺恨もなく、なごやかにどこかへ去っていった。
二人と別れたニャツキは、ヒナタと駐車場に向かった。
先ほどの勝負において、ニャツキは勝者となった。
だがその表情に、勝利の喜びはない。
彼女は硬い顔で俯き、物思いに沈んでいた。
「…………」
(ほとんど鍛えずにあの速さだなんて……。
もし彼女がまともな訓練を積めば、
どれほどの猫になってしまうのでしょうか……。
……いえ。ハッタリかもしれません。
テスト勉強をしていないと言いながら、
実は裏では猛勉強をしているとかいう、
思春期にありがちなアレです。
ええ。そうに違いありません)
ニャツキが内心で渦巻くものを噛み砕こうとしていると、ヒナタが声をかけてきた。
「ハヤテ。どうかしたのか?」
ニャツキは顔を上げ、ヒナタに明るい顔を見せた。
「いえ。何も問題はありません。ねこセンターに向かいましょう」
ヒナタがバイクに跨り、ニャツキはその後ろに乗った。
二人は本来の目的地、ねこセンターへと移動した。
センターに入ると、ニャツキはねこターミナルに向かった。
「さて、どのレースにしましょうかね」
彼女はターミナルを操作し、条件が合うレースを検索した。
「そういえば、おまえはどういうコースが得意なんだ?」
「俺様は三冠ニャになる女ですから、
どんなコースでも問題なく勝ちますよ。
だからこそ悩みますね。
どこを選んでも楽勝で勝ってしまうのですからね。
そうだヒニャタさん。
どこか行ってみたい都道府県はありませんか?」
「ホッカイドー……は前に行ったからな。
オキニャワとか?」
「ほほう。俺様の水着を見たいということですか?
ですが残念。オキニャワに競ニャ場はありません」
そのとき背の低い猫が、ねこセンターに入ってきた。
バクエンジ=サクラだ。
いつもの取り巻きは連れておらず、一人きりのようだった。
彼女はターミナルのほうを見ると、すぐにニャツキに気付いた。
「ボス」
「こんにちは。サクラさん」
ニャツキはターミナルから視線を外し、サクラに振り返った。
「ちわっす。ボスもレースを選びに来たのか?」
「そうですけど、いつものお二人は?」
「死んだよ。筋肉痛で」
ホテルヤニャギに入門した者は、洗礼を受けることになっている。
ウェイトトレーニングの洗礼だ。
かつてのリリスと同様に、二人は重い筋肉痛に苦しめられているようだ。
「あなたは元気そうですね」
「ああ。ちょっと痛いが、
これくらいなら根性でなんとかなる」
サクラも二人と同様に、ウェイトトレーニングをこなしている。
症状が軽いのは、今までの彼女自身の鍛錬のおかげだろう。
「それより、もし良かったら、
いっしょの競ニャ場で走らないか?
いや……ボスはもうCランクだから、
中央で走ったほうが、実入りは良いのかな」
競ニャには、地方と中央の区別がある。
国の大々的なバックアップがある中央競ニャと比べ、地方競ニャは商業規模が小さい。
当然に優勝賞金も、中央のほうが上になる。
Cランクに昇格したニャツキには、中央競ニャへのエントリー権がある。
賞金を稼ぎたいなら、地方で走るメリットはあまりないはずだが……。
「いえ。目先の金銭には興味がありませんから、
どの会場でも構いませんよ。
いっしょに走りましょう」
「さすがボス。器がでかいぜ」
「それほどでもないですが、憧れても構いませんよ」
「おう。それじゃあボスはどの会場が良い?」
「俺様はどこでも良いので、
サクラさんにお任せしますよ」
「……それじゃあ近場で良いか?
前のレースがボロ負けで赤字だから、
旅費を節約したくてさ」
「はい。サクラさんの実力なら、
次は勝てると思いますから、
あまりケチケチする必要はないと思いますけどね」