2の10の1「カゲトラと勝負」
(なるほど。
まだキタカゼ=マニャには及ばないにしても、
1年目の猫としてはかなりの走りですね。
彼女が期待をかけるのも理解できます。
まあ、俺様の敵ではありませんが)
ニャツキは加速した。
そのままカゲトラを、後方に置いていこうとしたが……。
「おや……」
ニャツキは感心の表情を浮かべた。
ペースを速めたニャツキに、カゲトラがぴったりとついてきたのだった。
(やりますね。これならどうです?)
ニャツキはさらにスピードを上げた。
だがカゲトラを引き離すことはできなかった。
「にゃ……!?」
予想を超えたカゲトラの速度に、ニャツキは驚嘆を見せた。
(前のレースのサクラさんよりも速い……!
これが新人ねこのスピードだというのですか……?
俺様ほどではないですけど……!)
ニャツキはさらにペースアップした。
それでもやはり、カゲトラは後を追ってきた。
「すごいすごい! 速いんだね! キミって!」
余裕のあるカゲトラの声が、ニャツキの神経を逆撫でした。
「ぐ……ぐぬ……!
にゃにゃにゃにゃにゃにゃ……!」
意地になって、ニャツキはスピードを上げていった。
そしてついにはトップスピードにまで到った。
「みゃみゃみゃー!」
絶対に追いつかせてなるものか。
怒りのような感情とともに、振り返らずにニャツキは走った。
すると。
「おい。ハヤテ。おい」
「にゃ……!? にゃんですかヒニャタさん……!?」
「いつまで走る気だ?」
「いつまでって……にゃ?」
ニャツキは後ろを見た。
すると遥か後方に、ゴール板が小さく見えた。
どうやらニャツキは、とっくにゴールしていたらしい。
「勝った……?」
「ああ。気付いてなかったのかよ?」
「いえ。余裕で気付いてましたけど」
ニャツキはすまし顔を作ると、ターンしてスタート地点へと駆けていった。
カゲトラが軽い足取りで、ニャツキに歩み寄ってきた。
「ボクの負けだ。驚いたよ。
同い年で、こんなに速い猫が居るんだね」
「にゃふふ。それほどでもありませんが」
爽やかなカゲトラの賞賛が、ニャツキの気分をアゲアゲにした。
それでニャツキも上から目線で、カゲトラを褒めてやろうという気になった。
「あなたの走りもすばらしいものでした。
中々の鍛錬を積んでいるようですね。」
カゲトラは首を横に振った。
「ううん。ボク、練習って嫌いなんだよね」
「えっ……?
それでは普段はどのようなことを……?」
「魔石を食べて、お昼寝して、走りたくなったら走る。
それだけかな?」
「……冗談でしょう?」
あれは鍛えている猫の走りだ。
鍛えなくては到達できない走りだ。
ニャツキはカゲトラの走りを見て、そう確信した。
それがまさか、見込み違いだったというのか。
「嘘を言ってるつもりはないよ。
同年代の猫に負けたことはなかったから、
そんなにがんばらなくても良いかなって思ってたんだ。
けどキミは、かなりトレーニングをやってるみたいだね。
やっぱり才能がある猫が相手だと、
トレーニングもしないとダメなのかな? うさぎ跳びとか」
「うさぎ跳びは止めておいた方が良いと思いますけど」
「そう? しなくて良いならしないけどさ」
「……何にせよ、俺様が勝ったのですから、
ヒニャタさんのことは諦めていただきますよ」
「良いよ。せっかくのマニャさんの紹介だったけど、
そんなに凄そうなジョッキーにも見えなかったし」
「む……」
(才能のある猫かと思いましたが、
ヒニャタさんの実力も見抜けないようでは、
しょせんは二流。
俺様に追いつくことはないでしょうね)
ニャツキは自分にそう言い聞かせると、マニャに声をかけた。
「あなたも文句はありませんね? キタカゼ=マニャ」
「……ヒナタ。これで良かったのね?」
そう言ったマニャの顔は、無表情に近かった。
カゲトラの敗北を悔しがっている様子はない。
「まあ、しばらくこのままがんばってみるさ」