2の8の1「ニャツキと宿敵」
ニャツキはねこカメラを抱えて、彼女に話しかけた。
「カメラを使いますね」
「は……はい……」
走りでせいいっぱいのリリスには、ニャツキの言葉を咀嚼する余裕はなかった。
脊髄反射で返事をして、リリスは走り続けた。
ニャツキはねこカメラのターゲットを、リリスに設定した。
ニャツキの腕から、撮影用のドローンが飛び立った。
それに気付く余裕もなく、リリスはぎくしゃくと走り続けた。
やがて空が夕焼け色に染まると、ニャツキがリリスに声をかけた。
「今日はここまでにしましょう」
「……わかりました」
リリスは暗い声で答えた。
「お疲れのようですね。
帰りは俺様に乗っていってください」
ニャツキは帰り支度を整え、猫になった。
ニャツキに乗せられて、リリスはホテルに向かった。
大好きなニャツキの背に乗っても、リリスは落ち込んだままだった。
「難しいですね。ねこダウンフォースって」
「そうかもしれませんね。
ですが、まじめに訓練を続ければ、
必ずもと以上の走りを手に入れられますよ」
「あの、お姉さまもこの訓練で、走りを低くしたんですか?」
「はい。俺様の生まれつきの走りは
平均よりは低いほうでしたが、
中途半端な走りでは、
キタカゼ=マニャには勝てませんからね」
「私もがんばります」
ニャツキも通った道だと知って、勇気が出たのだろうか。
リリスの瞳の光が、強さを増したように見えた。
……。
翌日の朝食どき。
食事の席についたヒナタに、ニャツキが声をかけた。
「ヒニャタさん。
今日はいっしょにねこセンターに行きましょう」
「ん? スカウトを手伝ってくれるのか?」
「まさか。俺様が次に出走するレースを、
選ばなくてはいけませんから」
「好きに選べよ」
「む……良いではないですか。
どうせあなたもねこセンターに行くのでしょう? 不審者をやりに」
「わかったよ」
朝食を終えると、ヒナタは部屋に戻った。
彼の部屋は、ニャツキのスイートな部屋と比べると、簡素で小さい。
家具も最低限のものしかなかった。
部屋の端の狭いテーブルの上に、財布が無用心に置かれていた。
ヒナタはそれを手に取ると、何かに気付いた様子を見せた。
「そういえば、新しいのを貰ったんだったな」
ヒナタはテーブルの引き出しから、別の財布を取り出した。
ニャツキから送られた、新品の財布だ。
ヒナタは元の財布の中身を、新品の財布へと入れ替えた。
その作業が終わったころに、部屋の扉が無遠慮に開かれた。
「掃除するね」
ドアからは、ミヤが姿を見せた。
普通であれば、ノックくらいしろと言う場面かもしれない。
「ありがと」
ヒナタは慣れているのか、嫌な顔をすることもなかった。
ミヤと入れ替わりで、ヒナタは部屋から出ていった。
ミヤはシーツの交換のため、ベッドに近付いていった。
その途中で、テーブルに財布が置かれているのを発見した。
(ヒナタ。お財布を忘れていってる)
ミヤは財布を手にとった。
軽いなと思ったが、最近は電子決済が進んでいる。
あまりおかしいとも思わなかった。
(届けてあげないと)
……。
ヒナタはホテルの駐車場で、ニャツキと合流した。
ヒナタがバイクに向かうと、ニャツキもその後に続いた。
「後ろに乗ってみても構いませんか?」
「良いけど。おまえの脚ならバイクくらい追い抜けるだろ」
「そうですけど。ちょっと興味がありますから」
「へぇ。おまえもわかってきたか? バイクの良さが」
「そうかもしれませんね」
「免許とるか? コツとか教えてやるぞ」
「いえ。今のところは結構です」
「そうか。まあ乗れよ」
フルフェイスのヘルメットを被り、ヒナタはバイクに跨った。
「それではお言葉に甘えて」
ニャツキはノーヘルで、ヒナタの後ろに腰を下ろした。
そしてヒナタにぎゅっと抱きついた。
(やっぱチチでけーなこいつ)
ヒナタはそんなふうに思いつつ、平然とバイクを発進させた。
二人を乗せたバイクが、ねこセンターへと近付いていった。
センターの前に猫の姿を見ると、ヒナタが疑問符を浮かべた。
「あれ……?」
「どうしました?」