2の7の2
「ええ。猫は自身のダッシュをジャンプに切り替えるとき、
無意識でダウンフォースをオフにしているのです。
その変化を感じてみてください。
さあ、訓練を再開しましょう」
ニャツキに命じられ、リリスはまた走り出した。
「肩と腰のあたりに
意識を集中してみてください。ジャンプ……ジャンプ」
「意識って……走りながらですか……!?」
「当然です。ジャンプ……ジャンプ……トリプルアクセル」
「どうしろと!?」
リリスは同じ訓練を続けた。
しばらく走っていると、ニャツキがこう尋ねてきた。
「どうですか?
ダウンフォースを感じ取れるようになってきましたか?」
「いえ……。すいません」
「それではちょっと失礼して……」
ニャツキはそう言うと、上半身を傾けた。
そして左腕をリリスの体の側面に回し、抱きつくような姿勢になった。
リリスはドキリと戸惑いを見せた。
「っ……お姉さま……!?」
「これからダウンフォースが発生するタイミングで、
あなたの肩を押さえます。
それに合わせて、あなたも集中を強めてください」
「お姉さまには、ねこダウンフォースが見えるのですか?」
「いえ。猫の挙動から判断しているだけですけど。
さあ、集中してください」
「はいっ!」
ニャツキに抱きつかれているせいか、リリスの返事は今までより大きかった。
……。
走りながら、ニャツキの手を意識する。
単調なはずの訓練を、リリスは黙々と続けた。
それに付き合うニャツキも、いっさい嫌な顔を見せなかった。
その訓練の開始から、一時間が経過したころ……。
(あっ……これって……)
ついにリリスは、今まで感じなかった力を、背中に感じ取るようになった。
ニャツキの手とは違う別の力が、しっかりと肩を抑えつけているのだった。
肩だけではない。
リリスの腰のほうも、同様の力に抑えられているのが感じられた。
(これがねこダウンフォース……?)
「あの、お姉さま。
感じる気がします。背中に力を」
「それでは次は、
その力が強まるようにイメージしてみてください」
「はい」
今ある力を、強く。
リリスはイメージを開始した。すると。
「えっ……あっ……?」
リリスは急に、走りにくさを感じた。
彼女はフォームを崩し、脚をもつれさせてしまった。
リリスは勢い良く転んだ。
そのせいで、ニャツキも鞍から放り出されてしまった。
リリスは慌てた様子で、ニャツキを視線で追った。
「お姉さま……! ってええっ!?」
驚くべき光景が、リリスの眼前で展開されていた。
放り出されたニャツキが、ギュルギュルとドリルのように回転しているのだった。
激しい回転は、急にふわりとおさまった。
ニャツキは軽やかな様子で、とんと地面に着地した。
平然としているところを見ると、ドリル回転はニャツキのイシによるものらしい。
「どうやったんですかそれ……?」
「ねこダウンフォースのちょっとした応用です」
「なるほど……?」
今のリリスには理解できないが、ねこダウンフォースとやらは奥が深いらしい。
「さて、入り口には立てたようですね。
それではダウンフォースを意識して、
一人で走ってみてください」
「……わかりました」
(至福の時が……)
本音を言えば、もうちょっと乗っていてほしかったものだが。
派手にニャツキを落とした以上、リリスは異論を口にできなかった。
しぶしぶと、リリスは一人で走り出した。
走るリリスの背中に、昨日まではなかった感覚がある。
今までは、まったく無意識で働いていた力だ。
だがいちど意識してしまうと、今までのようにはいかなかった。
なめらかだったはずのねこダウンフォースが、ぎこちなく乱れた。
一定だったはずの走りの高さが、高くなったり低くなったりした。
そうなってしまうと、もうまともには走れない。
(うぅ……うまく走れない……)
転んだり高く飛び上がったりしながら、リリスはコースを進んでいった。
ときには怪我人のように。
ときには狂人のように。
「最初はゆっくりで良いですよ~!」
リリスに声をかけた後、ニャツキは持参したリュックを漁った。
やがてのろのろと、リリスがコースを周回してきた。