2の7の1「リリスとねこダウンフォース」
「普通の動物とは比較にならないほど、
走りが高くなってしまうということでしょうか?」
ニャツキは頷いた。
「ええ。どこかに跳んでいってしまいますね。
猫はその圧倒的な推進力を、
魔力によって抑えつけています。
それで高く飛び上がることなく、
地面を蹴り続けることが可能なのです。
その魔力の作用こそが、
ねこアルタチュードの核心、
『ねこダウンフォース』なのです」
「魔力で……。
そんな自覚はないですけど」
「それがこの問題の難しいところです。
この話が周知されていない理由でもあります。
普通の猫は、
無意識でねこダウンフォースを制御しています。
人が意識しなくても呼吸ができるのと同様に、自然に。
一度ねこダウンフォースを意識してしまえば、
気付けなかった頃には戻れません。
あなたの走りは、
ぎこちなく崩れてしまうでしょう。
それを乗り越えられれば、
あなたは必ず速い猫になります。
……覚悟は良いですね?」
「はい!」
リリスは強く返事をした。
それは単純に気合だけによるものではない。
本当にリスクの高い訓練であれば、ニャツキが薦めてくることはないだろう。
そんな信頼も、リリスを後押ししていた。
ニャツキは話を続けた。
「まずはねこダウンフォースを、
あなたに知覚してもらいます。
そのための訓練を始めましょう」
「何をすれば良いんですか?」
「ダッシュジャンプダッシュです」
「…………? がんばります!」
……。
訓練のため、リリスは鞍を装着することになった。
装鞍は、ニャツキによって行われた。
次にニャツキは乗猫服に着替え、鞍に跨った。
「っ……お姉さまが私の鞍に……!?」
「このほうが指導しやすいですから」
「ですがジョッキーでもないのに、
だいじょうぶなんですか?」
「ええ。猫ですから。
それでは走ってみせてください。
速度はほどほどで良いです」
「アッハイ」
言われたとおり、リリスは走り出した。
最初リリスは、鞍のニャツキを気遣う様子を見せた。
だが、ニャツキが堂々としているのを見ると、すぐにスピードを上げた。
安定した体勢で、ニャツキが口を開いた。
「私がジャンプと言ったら、そのままジャンプしてください。
なるべく高くお願いします。
着地した後は、走りを続けてください。
はいジャンプ」
「はい!」
リリスはぴょんと前に跳んだ。
猫の大ジャンプだ。
その高さは、4メートル以上に達していた。
強い力を受けているはずなのに、ニャツキの姿勢は安定していた。
リリスは地面に着地すると、また走りを再開した。
「ジャンプ」
すぐにニャツキが、再びそう言ってきた。
「はい!」
元気の良い返事と共に、リリスは跳躍した。
「返事はしなくて良いですよ。
ジャンプ……ジャンプ……ジャンプ……ジャンプ」
次々にジャンプの指示が来た。
文句も言わず、リリスはダッシュジャンプを続けた。
しばらく訓練を続けると、二人はコースの始点へと戻った。
鞍に跨ったまま、ニャツキが口を開いた。
「さてリリスさん。
猫がどうしてジャンプできるのかわかりますか?」
「どういうことですか?」
……どうしてと言われても。
地面を蹴ったらジャンプをできるのは普通のことではないか。
リリスが首をかしげていると、ニャツキが補足説明をはじめた。
「猫は自身が浮かび上がろうとする力を、
ねこダウンフォースによって制御しています。
それなら猫のジャンプも、
低く制御されてしまうはずでは?」
「ジャンプするときは、
ダウンフォースがナシになっているということですか?」