2の6の1「リリスとねこアルタチュード」
「えっ……!?」
リリスの言葉にぎょっとして、ヒナタはミヤを見た。
話が聞こえていなかったのか、ミヤはまばたきだけ返してきた。
ヒナタはリリスに向き直った。
「べつに落ち着いてるけど……それが?」
「チッ……」
「えっ?」
やさぐれた舌打ちが、ヒナタを困惑させた。
「リリスさん、顔色が悪いように見えますが」
ニャツキも異常に気付いたのか、リリスを気遣う様子を見せた。
「……すいません。ちょっと寝不足で」
「いけませんよ。
睡眠も立派なランニャーの仕事です。
きちんと眠らなくては、
100%のパワーを発揮することはできませんからね」
「はい……。ですがお姉さまもいけないのですよ?
トレーニャーさんなのに
ランニャーの私を残して……一人で行ってしまわれるから」
「ヒニャタさんがいっしょだったので、一人ではないですけど」
ヒナタに向かう眼光が、鋭さを増した。
「怖いって」
リリスはふらりと足を動かし、ニャツキに向き直った。
「そうだお姉さま。
そんなことより……わかりましたよ。
私。わかったんです」
「何がですか?」
「お姉さまからいただいた宿題の話です」
「ああ、あれですか。
それでは……ちょっと二人きりでお話をしましょうか」
「二人きり!?」
暗かったはずのリリスの声音が、一気に明るさを増した。
それどころか、顔色まで良くなっているように見えた。
猫は人間よりも、メンタルの影響を受けやすい生き物なのだ。
「ええ。あまり他の猫に聞かれたくはないので。
……どこにしましょうかね?」
「それでは……サウナの密室で二人きりというのは?」
息あらく、リリスはそう提案した。
「だいじょうぶですか? 寝不足でサウナなんて」
「おもいっきりだいじょうぶです!」
「元気そうですね? それでは行きましょうか」
「はいっ!」
ニャツキはエレベーターに向かった。
るんるんとした足取りのリリスが、その後ろに続いた。
「何なんだ……?」
釈然としない様子で、ヒナタがそう呟いた。
……。
湯気と熱気に支配された小部屋で、ニャツキはベンチに腰を下ろした。
そして向かいに座ったリリスと、裸で向かい合った。
「それでは答えを言ってみてください」
「……………………」
「リリスさん?」
「っ……すいません。お姉さまの美しいお体に見惚れてしまって」
「はぁ。どうも。それで宿題の話ですが」
「あっはい。私とキタカゼ=マニャさんの違いは……
ずばり、走りの高さですね?」
「その通りです」
ニャツキは頷いた。
「キタカゼ=マニャの走りは、誰よりも低い。
ミヤさんは例外ですが。
そしてあなたの走りは、
ランニャーの平均よりも少し高くなっています。
走るのが高いと、それだけパワーが無駄になります。
それであなたは、
脚力では有利をつけている他のランニャーに、
競り負けることになるのです」
「それって私には……ランニャーの才能がないってことですよね……?
すいません……おっぱい揉ませてもらっても構いませんか……?」
「なぜ?」
「ショックを受けた心を落ち着けたくて……」
「それで落ち着くのなら好きにしてください」
「っし!」
即座に二本の腕が、ニャツキの乳房に伸びた。
「ですが、落ち込むのはまだ早いですよ」
「えっ揉んじゃダメってことですか?」
「べつに良いですけど。
ちょっと、くすぐったいですよ。
今は大切な話をしているのですから、後にしてください。
……よろしい。
あのですね、実は猫が走る高さ、
『ねこアルタチュード』というものは、
訓練で低くすることが可能なのです。
あのキタカゼ=マニャの走りも、
後天的に訓練によって身につけたものなのです」