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その4「ミヤとスイートルーム」




(と、驚いてみせたものの、


 悪いのはマニャさんであって、


 ミヤさんを恨んでいるわけでは無いんですよね)



 どくりと高鳴ったニャツキの心臓は、徐々に落ち着いていった。



 かつて面会室で、ミヤに激情をぶつけた事は有る。



 彼女がマニャを庇ったことは、ナツキにはショックだった。



 一番距離が近い彼女ですら、自分を信じてはくれないのかと。



 だがそれも、20年近く前の話だ。



 家族を信じたくなるというのも、分かる話では有る。



 苦しい出来事ではあったが、彼女がしたことは、悪事では無い。



 蒸し返し、怒りをぶつけるほどの事では無かった。



 ニャツキは平静な顔を、ミヤへと向けた。



 ネコマタは長寿だ。



 ミヤの容姿は、ナツキが生きていた頃と大差無い。



 ただ少し、目つきが鋭くなっているようにも見えた。



 ミヤが口を開いた。



「私を知ってるの?


 ……まあ、アレが有名だから、


 アレの熱心なファンなら、そういうことも有るか」



「『アレ』?」



「……アレの話はしたくない」



 ミヤは冷めた顔でそう言った。



 そして話を切り替えた。



「それより、部屋はどうするの?」



「ええと?」



「今、あなた以外に


 お客さんは居ない。


 だから、


 好きな部屋を使ってもらって構わない」



「あのねミヤちゃん」



 アキコがミヤに話しかけた。



「何?」



「そのことなんだけど、


 その子には、契約を


 考え直してもらおうかって思ってるの」



「どうして?


 見たところ、この子には才能が有る。


 腰つきがしっかりしてる。


 このホテルを立て直すチャンス」



「けど、申し訳ないわ。


 トレーニャーも居ないのに」



「だけど……」



「あの、俺様はもう、


 ここに決めてますから」



 ニャツキはそう断言した。



 それを見て、アキコがこう言った。



「考え直した方が良いわよ?」



 アキコの言葉を聞いて、ミヤは苦い顔をした。



「オーナーが言って良いことじゃない」



「それでも……」



「もう決めたことなので。


 よろしくお願いします」



「ほら、本人もやる気十分」



「はい。十分です」



 やる気に満ちたニャツキに、アキコは困り顔を向けた。



「…………。


 どうして?


 どうしてそんなに


 このホテルに拘るの?」



「それが正解だと、


 俺様が思っているからです」



「……そう。


 そこまで言うのなら、


 これ以上は止めないわ。


 ミヤちゃん。


 彼女の面倒を、しっかり見てあげてね」



 一貫したニャツキの態度を見て、アキコもようやく折れた様子だった。



「わかった。


 ……私はミヤ。


 ホテルヤニャギの、ホテルニャンをしてる。


 よろしく」



「ハヤテ=ニャツキです。


 よろしくお願いします」



「ニャツキ?」



「何か?」



「あの人と同じ名前。


 ……猫訛りだけど」



「……ミカガミ=ナツキですか」



(前世と同じ名前というのは、


 偶然にしては出来すぎですよね。


 子の親というのは、


 魂を見る力でも持っているのでしょうか?)



 ニャツキがそう考えていると、ミヤが質問をしてきた。



「あの人を知ってるの?」



「ええ。とても良く」



「……そう。


 まあ、有名人だからね」



 ミカガミ=ナツキの悪名は、業界中に轟いていた。



 ランニャーであれば、彼の名前を知っていてもおかしくは無い。



 ミヤはそう納得したようだ。



「あの、あなたはどうしてホテルニャンに?


 あんなに才能が有ったのに」



 ニャツキはそう尋ねた。



 ミヤはランニャーとして必ず成功する。



 ミカガミ=ナツキはそう考えていた。



 だが、ニャツキが見ていた競ニャ中継に、ミヤの姿は無かった。



 ミヤはいったいどこに行ってしまったのだろうか……。



 ニャツキはそのことを、ふしぎに思っていた。



 今日、その答えは出たが、新たな謎も出来た。



「才能? ランニャーの?」



「はい。


 あなたには、キタカゼ=マニャを上回るほどの素質が有った。


 そうでしょう?」



「結果も出してないのに、


 才能もなにも無いと思うけど。


 ……レースに出なくなったのは、


 たいした理由じゃない。


 ただ、競ニャ場で走るのが嫌になっただけ」



「どうして?」



「競ニャ場には、


 魔物が住んでる。


 特に、ねこ竜杯の季節には。


 その魔物が、人を狂わせてしまう。


 だから私は……競ニャ場が怖い」



「狂わされた人というのは、


 ミカガミ=ナツキのことですか?」



 競ニャ場がナツキを狂わせ、凶行へと走らせた。



 ミヤはそう言っているのだろうか。



 そう思い、ニャツキは尋ねた。



「違う」



 ミヤは断言した。



「……そうですか?」



 ミヤが言う狂わされた人というのは、ナツキのことでは無い。



 だとすれば、それに当てはまる人物は……。



「それで、部屋はどうするの?


 今なら選び放題だけど」



 ミヤは話を切り替えて、ニャツキに尋ねた。



「1番良いのを頼む(ドヤァ)」



 ニャツキは1度使ってみたかったネットスラングを、ここぞとばかりに使用した。



「分かった」



 ミヤはネットスラングには詳しく無いようだ。



 真顔でそう答えてきた。



「良いんですか?」



「どうせ誰も使わないから。


 さ、行こう」



 ミヤはロビーのエレベーターへと向かった。



 ニャツキはニャン体のまま、ミヤの後に続いた。



 ねこホテルのエレベーターは、奥行きが広くなっている。



 猫の姿でも、問題なく乗ることができた。



 ニャツキが乗り込むと、ミヤはエレベーターのスイッチを押した。



 扉が閉まり、エレベーターは上昇を始めた。



 エレベーターは、最上階で止まった。



(最上階……)



 ミヤはエレベーターを出た。



 ニャツキもその後に続いた。



 ミヤは廊下を歩き、最上階の一室のドアを開いた。



 2人はその部屋に入って行った。



 そこは日当たりの良い居間のようになっていた。



 広々とした部屋の中に、オシャレなソファやテーブルなどが並べられていた。



 ベッドは見当たらない。



 寝室は、別に用意されているようだ。



「ここが1番グレードの高い部屋。


 いわゆるスイートルーム。


 本来なら、普通の部屋より高いけど、


 どうせ誰も使わないから、


 好きに使って良い」



「ありがとうございます」



 ニャツキは素直に厚意を受けることに決めた。



「ちなみに隣は


 私の部屋」



「私物化!?」



「誰も使わないから」



「……じきに、そうも言っていられなくなりますよ。


 俺様が勝ちまくって、


 このホテルを復活させますから」



「……それは困る。


 スイートが埋まらない程度に、


 適当に勝ったり負けたりして欲しい」



「適当にレースで負けられるなら、


 最初から競争ニャになんか、


 なったりしませんよ」



「そう?」



「そうです」



「荷物、重くない?


 外してあげる」



「ありがとうございます」



 ニャツキはシマネからずっと、荷物を背に乗せていた。



 猫のパワーであれば、たいした負担にはならない。



 だが、窮屈なのも事実だった。



 ミヤはニャツキから荷物を外した。



 そしてそれを、テーブルの上へと置いた。



 ミヤもネコマタだ。



 大荷物をものともしなかった。



「ふぅ……。


 これでやっと、人状態に戻れます」



「いつからニャン化してたの?」



「シマネからずっとなので、


 7時間くらいですかね」



「法定速度守ってたんだ?


 マジメだね」



「そりゃ、人や自動車をハネでもしたら、


 洒落になりませんから。


 というか、ランニャーなら、


 事故とか関係無く、


 社会のルールは守るべきだと思いますけど」



「マジメ」



「……もうそれで良いですけど。


 それであの……」



「?」



「いつまでそこにいらっしゃるのでしょうか?


 女の子が部屋に居ると、


 人に戻りづらいのですが」



「もう女の子って年でも無いけど」



 ミヤは、ナツキが死んだ年に、女子高生くらいの年齢だった。



 今の年齢は、30を超えているはずだ。



「見た目は女の子ですよ」



「そう? 気になるの?


 女同士なのに」



(男だった頃の知り合いですから……)



「いけませんか?」



「ううん。


 それじゃ、何か有ったら言って。


 ホテルニャンとして、


 精一杯サポートするから」



「はい。ありがとうございます」



 ミヤは部屋を出て行った。



「さて……」



 ニャツキはニャン化を解除した。



 猫の姿をやめても、身にまとっている衣服は変わらない。



 猫の服は、人の服よりも遥かに大きい。



 ブカブカの猫服が、体を覆った状態になった。



 ニャツキはそれを、もぞもぞと脱ぎ捨てた。



 全裸になると、テーブル上の荷物に向き直った。



「まずは荷解きですね。


 人用の着替えを出さないと……」



 そのとき、扉が開いた。



「ニャツキちゃん。


 何か困ったことが有ったら……」



 アキコの顔がニュッっと、扉の隙間から現れた。



「ニャアッ!?」



 裸を見られ、ニャツキは悲鳴を上げた。





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