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妙な生暖かさに気付き、ヒナタは視線を下げた。
そこにニャツキの赤い顔が見えた。
「ハヤテ?」
「……ハヤテ=ニャツキですが?」
「何やってんだ? アホなのか?」
無礼なヒナタの言葉に、ニャツキは鋭い視線を返した。
「アホではないですけど。
こうなったのはヒニャタさんのせいなのですが?」
「俺が……?」
「あなたが寝ぼけて俺様を、
お布団に引きずり込んだのですが?」
「マジか……」
「マジです」
ヒナタはニャツキを引き剥がし、上体を起こした。
そして気まずい顔で、ニャツキに頭を下げた。
「……すまん」
「まあ俺様は寛大ですから、
謝ったのなら許してさしあげますけど」
「おまえ……その格好は?」
頭を上げたヒナタは、ニャツキがシュミーズ姿であることに気付いた。
薄いシュミーズの下に、女の体の線が、はっきりと見えた。
「まさかそれも俺がやったのか……?」
ヒナタには、そんな記憶はまったくない。
だが、ニャツキが自分からそんな格好をするはずがない。
理由がまったくない。
ヒナタはそう思い込んでいた。
すると消去法で、犯人は自分だということになってしまう。
あるいは神出鬼没の魔神、催眠おじさんか。
「これは……」
「すまん!」
ニャツキが事実を説明するより前に、ヒナタは深々と頭を下げた。
「猫にそんな淫売みたいな格好をさせるなんて……。
なんて詫びたら良いか……本当にすまなかった……!」
「淫売……まあ、俺様にも落ち度はあったと思いますから、
あなたを責めるつもりはありません。
この話は水に流しましょう」
都合の悪い事実を濁しつつ、ニャツキは寛大さを見せた。
「ありがとう。ハヤテ」
どうやらヒナタは、深い恩義を感じているようだ。
「どういたしまして」
計画通りとはいかなかったが、ヒナタの好感度を上げられたらしい。
ニャツキは今回の成果に、それなりに満足していた。
そのとき。
「ん……?」
「どうしました?」
「そこに落ちてる箱って」
ヒナタの視線が、紙の小箱に向けられていた。
「にゃーっ!?」
ニャツキは慌てて小箱に飛びついた。
「ハヤテ?」
「ママの私物です! ママの部屋に返してきますね!」
ニャツキはドタドタとした足取りで、部屋から駆け出て行った。
(あの箱はたぶん……。
まあ、夫婦ならあたりまえか。
それにしても、騒がしい朝だ。
おかげで目は覚めたけどな)
二人は朝の身支度を整え、ダイニングに向かった。
そこで軽く朝食をつまんでいると、玄関から音が聞こえてきた。
「ただいまー」
ケンイチとケンタが、ダイニングに入って来た。
「パパ? ケンタ? 病院に泊まりだったのでは?」
「俺は仕事、ケンタは勉強があるからな。
いつまでも病院ってわけにもいかないさ」
「そうですか。ハムエッグでも作りましょうか?」
「ああ。頼む」
ニャツキが二人の朝食を作った。
食事が終わり、食器のあとかたづけが済むと、ニャツキが口を開いた。
「それじゃあ俺様たちは行きますね」
「まっすぐシガに戻るのか?」
「……どうしましょうか。ヒニャタさん。
せっかくですから、ちょっとこの辺りを観光して行きませんか?」
「良いぜ」
「それではそういうことで。行ってきます」
「行ってらっしゃい」
ケンタがそう言い、次にケンイチが口を開いた。
「そうだニャツキ。
すぐに電話してくれって、ミイナが言ってたんだけど」
「ママが? わかりました」
ニャツキは携帯を取り出し、ミイナに電話をかけた。
「もしもしにゃん」
携帯から、母の声が聞こえてきた。
「俺様ですけど」
「ニャツキ。ヒナタくんとはどうだった?」
「……俺様は哀れな敗北者でした。ハァ」
「敗北者……? 嫌われちゃったの?」
「いえ。ただヒニャタさんが鈍感で、
俺様の魅力があまり伝わらなかったようです」
「彼、ホモなのかしら?」
「いえ。まさか……そんなはずは……」
「そう。同じホテルに住んでるんだから、
きっとまたチャンスはあるわ。がんばってね」
「はい。それでは」
ニャツキは電話を切り、ヒナタに声をかけた。
「行きましょう。ヒニャタさん」
「ああ」
帰りの荷物をまとめ、二人は外に出た。
鞍などの大荷物は、ヒナタが背負うことになった。
特級冒険者であるジョッキーは、多少の重荷ではびくともしない。
軽い足取りで、町を歩いていった。
すると前方に鳥居が見えた。
鳥居の手前には、赤い橋が見えた。