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ニャツキはボディソープを胸であわ立てた。
そして泡がじゅうぶんになると、ヒナタの背中にくっつけようとしたが。
「っ……」
直前で顔を赤くして、ニャツキは動きを止めてしまった。
そして力なく、こう呟いた。
「ママ……俺様には無理です……」
「どうした?」
「いえ。次は前を洗いますね」
ニャツキは気を取り直し、ヒナタの前に回り込んだ。
「さすがに前くらい自分で洗うって」
「遠慮なさらなくても良いのですよ。お客様。……おや?」
ニャツキの視線が、ヒナタの胸に向けられた。
「何だよ?」
「胸のところに……痣のようなものがあるようですが……」
「実は俺、鬼○隊なんだ」
「それで本当のところは?」
「さあ? 医者にもわからんって」
「だいじょうぶなのですか?」
「まあべつに。子供のころからあるやつだし」
「それなら良いのですが。
では失礼して……」
ニャツキは視線を落とした。
するとヒナタの股間が見えた。
「ひゃっ……!?」
当然そこにある物が見えただけだ。
驚くことなど何もないはずなのだが。
ニャツキはびくりと後ろにさがり、後頭部を打ってしまった。
「ふぎゃっ!?」
「おい……! だいじょうぶか……!?」
「だいじょうぶです……ねこですから……その……失礼させていただきます」
真っ赤になったニャツキは、ふらふらと浴室から退出していった。
「……何だったんだ? 結局?」
ヒナタは首をかしげつつ、体を洗って湯船に入った。
(妙に挙動不審だよな。あいつ。
こっちに来てから……?
いや、今日のレースが終わった辺りから、
おかしな感じだったような気もする。
レースの時に何かあったか?
レースだと、俺は無様にあいつにしがみついてただけで、
役立たずのお荷物でしかなかった。
するとその前か?
あいつの服を直してやったからな。
あいつなりに、俺に感謝してるってことか。
けど普段が傲岸不遜だから、
人にお礼をするのに慣れてなくて、
それでおかしくなってるって感じかな。
うん。そんなところか)
「別にいらないんだがな。あの程度のことで、礼なんて」
自分なりの答えを得ると、ヒナタは苦笑いを浮かべた。
一方のニャツキは裸のまま、脱衣所で頭を抱えていた。
「うぅ……気圧されてしまうとはなさけない……」
ニャツキがずっと蹲っていると、浴室からヒナタが出てきた。
「ずっとそこに居たのか? 風邪ひくぞ?」
ニャツキの美しい裸身にみとれる様子もなく、ヒナタは淡々と着替えを身につけた。
「……お構いなく」
ニャツキはふらりと立ち上がると、浴室に入っていった。
「にゃーっ!」
ざぶんと湯船に飛び込むような音が、ヒナタの耳に届いた。
ヒナタはリビングに戻り、ソファに腰をおろした。
そうしてのんびりしていると、ニャツキが戻ってきた。
彼女はヒナタの隣に座った。
その手には、タブレットPCが見えた。
「何やってんだ?」
「ホテルのみなさんのトレーニングメニューの確認です。
それとSNSでの意見交換ですね」
「こんな時間に仕事か。熱心だな」
「趣味です。おかねを貰ってやっているわけではありませんからね」
「なるほど」
ニャツキは口を閉じると、マジメにタブレットと向かい合った。
(こういう顔もできるんだな。こいつ)
ニャツキはヒナタと居るときは、たわけた顔をしていることが多い。
トレーニャーとしての真剣な顔は、ヒナタにとっては新鮮だった。
雰囲気が違ったニャツキは、年上の美女のようにすら見えた。
ヒナタはしばらくニャツキを眺めたが、ニャツキは気付いた様子も見せなかった。
「そろそろ眠ったほうが良いんじゃないか?」
夜おそくなってきたので、ヒナタが口を開いた。
「…………」
ニャツキはタブレットに集中しているようで、ヒナタの言葉に答えなかった。
「おい、ハヤテ」
「…………」
「ふ~っ」
ヒナタはニャツキの耳に、息を吹き入れた。
「にゃっ!?」
びくりとニャツキが震えた。
彼女の集中力をもってしても、さすがに無視はできなかったらしい。
ヒナタのいたずらを受けたと気付き、ニャツキは彼を睨みつけた。
「っ……ヒニャタさん! ぃぃいいったい何のつもりなのですか!?」
「話しかけても答えねえからよ……」
「む……声が小さかったのではないですかね?」
「そいつは悪かったが、そろそろ寝る時間じゃないか?」
ヒナタはそう言うと、顔を置き時計に向けた。
ニャツキはその時計を見ると、タブレットの時計も確認した。
「……そのようですね。それでは……お部屋に案内しましょう」
ニャツキの案内で、ヒナタは客間に入った。
「……うん?」
そこでヒナタは首を傾げた。
「……何ですか?」
「どうして布団が二組あるんだ?」
そこでは二組のふとんが、ぴったりくっついて並んでいた。
ぎこちない口調で、ニャツキがこう言った。
「それは……俺様もこの部屋で寝るからですけど……?」