2の2の1「ヒナタとニャツキの家」
「あの子が私たちの赤ちゃんよ」
すぐ近くに見える赤ん坊を、ミイナが指さした。
「猫……」
その子にはニャツキそっくりの、銀のネコミミが生えていた。
ニャツキの妹は、ネコマタのようだ。
「ニャツキが小さかった頃にそっくりね」
「へぇ。おまえにもこんな可愛い時期があったんだな」
ヒナタがからかうように言った。
「失敬な。俺様はいつだって可愛いですよ」
むっとヒナタを睨んでから、ニャツキは赤ん坊に視線を戻した。
すると赤ん坊から視線が返ってきた。
ニャツキと赤ん坊の目が合った。
「あ……。この子の名前は?」
吐息を漏らした後、ニャツキは母にそう尋ねた。
「ミャモリよ。ケンイチさんが名付けたの」
「ミャモリ……」
ニャツキは噛み締めるように、妹の名前を呟いた。
そして表情を緩めると、ミャモリに話しかけた。
「俺様は今日、レースで優勝しましたよ。
あなたのために勝ったのです。
だから、元気に育つのですよ」
生まれたばかりのミャモリには、ニャホン語などわからないだろう。
彼女はただきょとんとして、じっとニャツキを見ていた。
猫の大きな瞳に、惹き付けられているのかもしれない。
ニャツキが飽きずにミャモリを眺めていると、やがて赤ん坊は眠ってしまった。
「さて……そろそろホテルに向かわないといけませんね」
ニャツキがそう言うと、ミイナが口を開いた。
「そんなこと言わずに、せっかく帰ってきたんだから、
一晩くらい家に泊まっていきなさい」
ニャツキからすれば、断る理由はない。
だがヒナタが同行しているので、彼の意見を確認した。
「ヒニャタさんもそれで良いですか?」
「ああ。わかった」
「それでね、お母さんとミャモリは、
あと五日くらい入院することになってるの。
それで今日は、お父さんとケンタにも
付き添ってもらおうと思ってるから、
家のことをお願いね」
「え~っ? 帰ってゲームやりたい」
初耳だったのか、ケンタが愚痴を漏らした。
するとミイナがケンタを引き寄せて、まじめな声でこう囁いた。
「お願い。猫には逃がしてはならないタイミングというものがあるの。
新しいゲーム買ってあげるから」
「……わかった」
普段のほほんとしている母に、真剣な声を出されると怖い。
それにゲームが手に入るならアドだ。
そう思ったケンタは、少しひっかかりつつ、母の頼みを呑んだ。
「それじゃ、家の警備をよろしくね」
「任せてください。
一流のランニャーは、自宅警備員としても一流ですからね」
そう言ったニャツキに、ミイナは身を寄せた。
そしてヒナタには聞こえない声音で、こう囁いた。
「逃がしちゃダメよ。ニャツキ。
ケンイチさんのいちばん良いお酒を開けても良いから」
「みゃ……」
酒の危機を知らないケンイチは、愛想よくヒナタの肩を叩いた。
「娘をよろしく頼んだぞ。キタカゼくん」
「はい。任せてください」
話が終わると、ニャツキとヒナタは病院から出た。
「美人だったな。おまえのお母さん」
「む……人妻に手を出そうと言うのですか?」
「出さんけど」
「とっとと乗ってください」
ヒナタを背に乗せて、ニャツキは実家へと戻った。
そしてヒナタに鍵を開けてもらい、二人で玄関扉をくぐった。
たたきを踏むなり、ヒナタが口を開いた。
「おじゃましま~す」
「誰も居ないとわかっていて
いちいち挨拶をするの、ニャホン人のサガを感じますね」
他愛のないことを言いながら、LDKに移動した。
「それでは着替えてくるので、
テレビでも見て、
適当にくつろいでいてください」
「ああ」
ソファに腰かけたヒナタは、テレビのリモコンを手に取った。
「そうだ、いちおうミヤねえに電話しとくかな」