2の1の1「ニャツキと病院」
久々に更新します。
ブランクがあるので1章と設定の齟齬があったらごめんなさい。
しばらくはレースと関係のない日常パートとなります。
ホッカイドーから発ったニャツキたちは、空の道を走り続けていた。
「なあハヤテ」
ニャツキに抱きついたままの姿勢で、ヒナタが口を開いた。
「何ですか?」
「やっぱこの姿勢はかったるいわ。
手綱を直したいから、いっかい下におりようぜ」
「え~?」
ニャツキは異議を漏らしたが、主導権は彼女にはない。
ヒナタに下り坂を作られてしまうと、他に走る道もない。
しぶしぶと、地上におりていった。
歩道で一息つくと、ヒナタは魔術で手綱を直した。
再びニャツキに跨ると、ヒナタは空への道をつくった。
ニャツキはつまらなさそうに言った。
「やっぱりこの乗り方だと、スピードが落ちる気がしますけどね」
「べつに良いだろ。レースでもないんだし」
「そうかもしれませんけど。
そういえば、ずっと魔術で氷を出してて、疲れないんですか?」
「強化呪文の出力を抑えて、
その分の魔力を氷に回してる感じだな」
「なるほど。ですが、レースよりもずっと長く走っていますよね?」
「お互い様だろ」
「まあ」
ニャツキも長いこと走っているが、特に疲労はない。
猫は全力疾走でもなければ、一日じゅうでも走っていられるものだ。
特に今日という日は、いくらでも走っていられるような気がしていた。
……その後、ニャツキは1時間ほど走った。
そしてシマネの手前までたどりついた。
「下に砂漠が広がってるから、
そろそろシマネのはずだが……。
俺はこっちの土地勘はないんだよな」
シマネには競ニャ場はない。
ジョッキーのヒナタには、縁がない場所なのかもしれない。
いや、そもそもヒナタは帰国子女だ。
ニャホンの競ニャ場を訪れる機会も、それほどなかったのかもしれないが。
「おまえの家はどのへんなんだ?」
ヒナタの疑問に、ニャツキは即答できなかった。
「そう言われましても。
俺様も、上空からの景色を見慣れているわけではないですけど。
ただ目印になるものなら分かりますよ」
「何だ?」
「シマネには、
シンジ湖というニャホン一の湖があります。
俺様の家は、その南の方にあるのですね」
「えっ? ニャホン一はビワ湖じゃないのか?」
「面積の問題ではありません。格式の問題です」
「わっかんね~。けどシンジって?
変な名前。ワカメとか生えてんのか?」
「ワカメは海草でしょう? 湖には生えてませんよ」
「けどハマナ湖だと、ワカメが取れるって聞いたぜ」
「えっそうなのですか?
海草というのもあんがい奥が深いですね。
……って、そんなことはどうでも良いのです。
湖に行きますよ」
「湖は……あれか。確かに立派だな」
「そうでしょう?」
ニャツキはとりあえず、湖の上まで走った。
そこで脚を止めると、ヒナタがこう尋ねてきた。
「ええとそれで、おまえの家はどっちだって?」
「さっき言ったでしょう。南のほうですよ」
「どっちが南だ?」
「はぁ。向こうに海岸があるのですから、
その反対側に決まっているでしょう」
「へぇ。シマネって北側にあったんだな」
「そこからですか!?」
ヒナタが氷の道を、湖の南へと伸ばしていった。
陸地の上空に着くと、ヒナタは下り坂をつくった。
その坂をおりて、ニャツキは町に着陸した。
ニャツキはこの辺りの風景に、見覚えがあるらしかった。
進路を任されたニャツキは、一軒家の前にたどり着いた。
「ここが俺様の家ですよ」
「ふ~ん」
ヒナタはニャツキからおりて、彼女の家を眺めた。
家の外見は、ありふれた建て売り住宅といった感じだった。
(普通だな。あたりまえか)
おかしなヤツだからといって、家までおかしいという道理はないか。
そんな失礼な思考に気付かず、ニャツキは玄関前に歩いていった。
ニャツキは猫のまま背伸びをして、インターホンのボタンを押した。
それからしばらく待ったが、中からの応答はなかった。
「パパ~ママ~ケンタ~?
俺様ですよ~? 俺様が帰りましたよ~?」
焦れたニャツキは、肉声で中に呼びかけた。
だがやはり、ニャツキの家族の応答はなかった。
「留守みたいだな。どうする?」