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その27「シャルロットとタイムアタック」




「勝負?」



「ええ。


 私とあなた、


 どちらがジョッキーとして優れているか、


 腕比べしましょう。


 とうぜん私の方が


 優れているに決まっているけど。


 それで私が勝ったら、


 あなたにはニャツキから下りてもらうわ」



「俺が勝ったら?」



「……ありえないけど。


 もしそうなったら、


 何でも言うことを


 聞いてあげるわよ」



「それで、勝負の方法は?」



「もちろん、


 レースで決着をつけましょう」



「レースって、猫はどうすんだ?」



「ちょうど、


 ここに2人居るじゃない。


 あなた、あの子のことを


 才能が有るって言ってたわね?


 だったら、


 私がニャツキ、あなたがあの子に乗って


 レースをするっていうのはどう?」



「そんな……。


 私がお姉さまに勝つなんて……」



 リリスは自身なさげな様子を見せた。



 それを見て、シャルロットが言った。



「才能が有る猫なんでしょう?」



 そんなシャルロットの言い分に、ヒナタが反論をした。



「ハヤテは今の段階で、


 走りがかなり完成されている猫だ。


 今のままでも、


 A級レースくらいなら普通に勝つだろう。


 一方で、ニャカメグロは


 まだ未完成だ。


 さすがに勝負にはならねーよ」



「…………」



 勝負にはならない。



 そう言われて、リリスは俯いた。



 リリス自身、ニャツキに勝てないということは分かっている。



 だが、今この状況で言われれば、何も思わないというわけにはいかないのだろう。



「ロマンチストかと思ったけど、


 意外とリアリストなのね?」



「ロマンを求めるのと、


 現実から目を逸らすのは違う」



「それならどうするのかしら?


 他に猫のアテでも有るの?」



「……ねえよそんなモン。


 そうだな。


 2人で同じ猫に乗って、


 タイムを競うってのはどうだ?」



「……タイムアタック。


 それでジョッキーの全力が測れるとは


 思えないけど」



 ジョッキーの才能の多くは、猫と猫の競い合いの中で発揮される。



 ただのタイムアタックでは、どうしても測れない能力が有る。



 ジョッキーにとっては常識だったし、ヒナタにもそれは分かっていた。



「格下だと思ってんだろ?


 俺のこと。


 条件を選ばないと、


 勝つ自信がねーのか?」



「言ってくれるわね。


 良いわ。


 その勝負、受けましょう」



 一流のジョッキーは、タイムアタックにおいても一流だ。



 シャルロットはヒナタに、それを見せつけることに決めた。



 一行は、ねこセンターから離れ、トレまちの地下施設へと向かった。



 道路から下り坂をおり、広大な地下空間へと入っていった。



 そこには、模擬戦用の50000メートルコースが有った。



 練習用の楕円コースと違い、実践を想定した、本格的なものだ。



 ヘアピンカーブやS字カーブ、坂道などが有り、起伏に富んでいた。



 競ニャのレース場は、F1などのコースよりも、遥かに大きい。



 ニャホンという国は、それほど平地が余っているわけでは無い。



 広い競ニャ場を、地上にポンポンと立てることはできない。



 そのため模擬戦用コースは、地下に建てられることになった。



 ニャツキたちは、コースの使用許可を取ると、スタート地点に立った。



 リリスは猫の姿になり、2人のジョッキーは、レース服に着替えていた。



 ニャツキだけは普段着だった。



 外見だけは清楚な少女は、土臭い競ニャ場では異質に見えた。



「それじゃあ一応、


 ルールを確認させてもらっても良いかしら?」



 シャルロットが、ヒナタに話しかけた。



「ああ。


 細かいルールは


 公式レースと同じだ。


 猫はニャカメグロ1人。


 1発勝負で、


 タイムが速い方の勝ちだ」



「1発勝負?


 マグレ勝ちでも


 狙っているのかしら?」



 一発勝負では、たった1つのミスが勝負を決めることも有る。



 ジョッキーは超人だが、それでも人間だ。



 必ずミスをする。



 そして、ミスの頻度にはバラつきが有る。



 運良く格下側のミスが少なければ、格上に勝つことも有る。



 短期戦の方が、ジャイアントキリングが発生しやすいと言えた。



 総合的な能力が反映されやすい長期戦の方が、白黒つけるには良いはずだ。



 ヒナタの短期戦の提案は、シャルロットには、逃げのようにも見えた。



「本番じゃないって言っても、


 全力で走らせるんだ。


 あんまり数が有ると、


 ニャカメグロがかわいそうだろ。


 筋肉痛なんだから」



「そう?


 試しに1周乗るくらいは


 構わないわよね?」



「ああ。好きにしろ。


 それともう1つ」



「何?」



「俺は後攻で良いか?」



「……何か企んでいるのかしら?」



「そうだな。


 怖いか?


 俺の作戦が」



 いったい何を考えているのか。



 シャルロットには、ヒナタの言葉は、不気味なものに思えた。



 だがシャルロットはA級ジョッキーだ。



 0勝のジョッキー相手に、怯えを見せるわけにはいかなかった。



「好きにすれば良いわ。


 さっさと始めましょう」



 平然とした様子で、シャルロットは、ヒナタの提案をのんだ。



 相手がどんな作戦を用意していようが、実力で破らねばならない。



 彼女はそう考えていた。



「ああ」



 ヒナタはニャツキを見た。



「スタートの合図と


 タイム計測は、


 ハヤテ、お前がやってくれ」



「わかりました」



 ヒナタはねこストップウォッチとねこホイッスルを、ニャツキに投げ渡した。



 シャルロットは騎乗のため、リリスに近づいていった。



 そして、リリスの隣に立つと言った。



「あなたは気が乗らないでしょうけど、


 本気で走ってもらうわよ。


 わざとあの男を勝たせようとして、


 手を抜かないように。


 猫が手を抜いたら、


 私、わかるわよ」



「そんなことしません。


 私、あの人のこと、


 嫌いですから」



「あら。そうなの?


 何か酷いことでもされた?」



「ええ。されました」



「なあんだ。


 猫の気持ちを


 考えろみたいなこと言って、


 あの男も一緒じゃないの。


 結局、ジョッキーっていうのは


 エゴイストなんだわ」



 自分は間違っていない。



 シャルロットはリリスの言葉を聞いて、その確信を強めたらしい。



「それは……」



 リリスは何かを言いたそうにしてみせた。



 だが結局、具体的な言葉は出てこなかった。



「乗るわよ。


 暴れないでね」



「……はい」



 シャルロットは、リリスに騎乗した。



 そして、魔導手綱で指令を送ると、スタートラインまで歩かせた。



 シャルロットは猫の上から、ヒナタに話しかけた。



「1周目は、テストで良いのよね?」



「好きにしてくれ」



「それじゃ、コース外に出ててもらえるかしら?」



「ああ」



 ヒナタとニャツキは、コースの内側のスペースへと移動した。



 2人がコースから出たのを見ると、シャルロットは呪文を唱えた。



「風壁、活炎」



 リリスの体が、呪文によって強化された。



 呪文が完成すると、シャルロットはニャツキに声をかけた。



「一応、スタートの合図をしてもらえるかしら?」



「わかりました」



 ニャツキは首にかけていたねこホイッスルを口にくわえた。



 そして、大きく吹き鳴らした。



 うみゃあと、ねこホイッスルが音を立てた。



 それがスタートの合図だった。



(行くわよ)



 魔導手綱によって、シャルロットの意思が、リリスに伝わった。



 リリスが走り出した。



 新人ランニャーとはいえ、やはり猫は速い。



 あっという間に、ニャツキたちの視界から消えた。



 広い競ニャのコースを、肉眼で見渡すのは難しい。



 ねこカメラが無いので、それ以降の走りは、ニャツキには分からなかった。



 ニャツキとヒナタは、スタート地点で8分ほど待った。



 すると、最初に走っていったのとは逆の方向から、リリスたちが姿を見せた。



 リリスは徐々に減速し、スタート地点の少し奥で足を止めた。



「なるほど。だいたいわかったわ」



 リリスをスタート地点に戻しながら、シャルロットはそう言った。



 そして内心ではこう考えた。



(……やっぱり、


 たいしたことの無い猫ね。


 私にふさわしいのは、


 ニャツキのような速い猫よ)



 リリスを再びスタート地点に立たせると、シャルロットは、ニャツキに声をかけた。



「それじゃあ本番と行きましょう。


 合図をしてちょうだい」



「わかりました。行きますよ」



 ニャツキはホイッスルを吹き、同時にストップウォッチのボタンを押した。



 リリスが走り出した。



 さきほどよりも鋭い走りで、リリスはスタート地点から遠ざかっていった。



 ニャツキは2人が戻って来るのを待った。



 やがて、練習の時よりも早く、リリスたちが姿を見せた。



 リリスがゴールした瞬間、ニャツキはねこストップウォッチのボタンを押した。



 テスト走行の時と違い、リリスはスタート地点を、勢い良く走り抜けていった。



 ラストスパートのタイムを落とさないためだった。



 ニャツキは走り去っていったリリスたちを待った。



 少し待つと、リリスたちはスタート地点へと戻ってきた。



「タイムは?」



 リリスの鞍の上から、シャルロットがニャツキに尋ねた。



「7分48秒ですね」



「そう。まあこんなところね」



 まあまあ納得が行った様子で、シャルロットはリリスから下りた。



「お疲れ様」



 彼女はリリスの背をポンポンと叩いた。



 その様はまるで、クビにする社員の肩を叩く社長のようだった。



 リリスから手を離すと、シャルロットはヒナタに向き直った。



「あなたの番ね。


 まあ、無駄だと思うけれど」





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