エピローグ「競ニャは続く。どこまでも」
ミヤ、ニャツキ、リリスの順で、一行は走りを終えた。
「勝ち」
一着を取ったミヤが、無表情で勝ち誇った。
悔しそうな、どこか嬉しそうな声で、ニャツキがこう言った。
「アマチュアのくせに、どうしてそんなに速いのですか……」
「年季が違うよ。
……私の走り、どうだった? ナツキ」
「すばらしい走りでした。
あなたはボクにとって、最高のランニャーです」
「ありがとう。それじゃ」
ミヤはニャツキに身を寄せた。
ニャツキの頬にキスをして、ミヤは去っていった。
コースにはニャツキとリリスが残された。
「争奪戦は、お姉さまの勝ちですね。おめでとうございます」
負けたほうがパートニャーを譲る。
そういう決まりで走った。
それで負けたというのに、リリスは平然としているように見えた。
「リリスさん。まさかわざと……」
「いいえ。私は全力でした。
私という猫は、もともとこの程度の猫なんです。
凄いトレーニャーさんに恵まれ、
ジョッキーさんにも恵まれ、
運よく出せた記録が、ねこ聖杯の優勝です。
わたし程度の猫では、彼にはふさわしくありません。
ですからお姉さま、彼と走ってください。
彼のようなすばらしいジョッキーには、
あなたのような速い猫こそがふさわしいのですから」
「リリスさん……。
あなたの話を真に受けたとして、
実力以上の走りを引き出してくれる人のことを、
猫はベストパートニャーと呼ぶのです。
あなたにとってヒニャタさんは、
間違いなくベストパートニャーのはず。
彼から身を引こうとすることが、苦しくはないのですか?」
ニャツキは難しい顔で、リリスの返答を待った。
リリスはまっすぐに、ニャツキに顔を寄せてきた。
やがて二人は、鼻と鼻が触れ合う位置にまで近付いた。
リリスはさらに前に出た。
リリスの口がニャツキに触れた。
「にゃっ!?」
ニャツキは驚いて後退した。
リリスはいたずらっぽく笑った後、表情を引き締めてこう言った。
「お姉さま。
落ちこぼれだった私を拾い
育ててくれたあなたこそが、
私にとっての最高のパートニャーです。
そんな猫を泣かせるようなやつを、私は許せません。
見つけたら、このねこパンチでぶっ飛ばしてやります。
勝って、そして幸せになってください。
ねこ竜の栄冠を手にしてください。
私のベストパートニャー」
……。
マニャの糾弾により、ホテルヨコヤマの不祥事が世間を賑わした。
そしてあっという間の12月。
ねこ竜杯の当日がやって来た。
ホテルヤニャギからは、ニャツキとサクラが出走することになった。
リリスは出走登録はせず、応援に回ることに決めた。
トーキョー競ニャ場の装鞍所。
装鞍を終えたニャツキに、リリスが声をかけた。
「ぜったい優勝ですよ。お姉さま」
「はい。もちろんです」
「そう簡単にはいかないよ」
カゲトラが近付いてきてそう言った。
「ふふん。パワーアップした俺様の前では、
あなたなど敵ではありません」
「ボクも前より速くなってるけどね。
それに、他のみんなも。
マニャさんが、
魔導ウェイトの真実をぶちまけたからね。
変わっていく。
どんどん先に進むよ。競ニャは」
そう言って、カゲトラは周囲を見た。
手強いライバルたちが、闘志を漲らせているのが見えた。
「望むところです」
着替えを終えたヒナタが、そこへ近付いてきた。
「ヒニャタさん。準備は万端ですか?」
「ああ。任せとけ」
ヒナタは鞍に跨った。
ふと、リリスとヒナタの目が合った。
ヒナタは気まずげな顔になった。
「何ですか? その顔は」
リリスはツンとヒナタを睨んだ。
「なんか……すまんな」
「またその話ですか?
私はあなたのことなど何とも思っていないのですから、
謝罪されるようなことなど、
何ひとつとしてないのですが?」
(だったら他のジョッキーと普通に出場してくれよ……)
「さあ、時間ですよ。行ってください」
リリスがヒナタの背を強く叩いた。
「おう」
ヒナタはにやっと笑い、パドックに猫を向けた。
ムサシ、コジロウの応援を受け、サクラもそれに続いた。
パドックでは小さな女の子が、ニャツキに声援を向けた。
それからヒナタたちはコースに向かった。
道中で、サクラがニャツキに声をかけてきた。
「ボス。今回は勝たせてもらうぜ」
「やってみなさい」
「キタカゼ=ヒニャタ。今日こそはあなたを成敗してみせる」
ヤコウ=セイラがそう言った。
「ですわ!」
テンジョウイン=ミストが気合を吐いた。
「私も……」
ツルマキ=ジュジュがヒナタに話しかけてきた。
「今日はあなたをクラッシュさせてみせる」
「返り討ちにしてやるぜ」
ヒナタが強気な笑みを返すと、ニャツキは呆れ顔を見せた。
「ヒニャタさん……また別の女を引っかけてきたのですか」
「人聞き悪いな。
これはそういうのじゃないって。なあ?」
ヒナタは周囲に同意を求めたが、誰も答えてはくれなかった。
「何か言ってくれよ!?」
シャルロットが近付いてきた。
彼女はヒナタとは初対面の猫に乗っていた。
シャルロットがヒナタに拳を伸ばしてきた。
ヒナタはこつんと拳を当てて返した。
出走ゲートにたどり着くと、ニャツキが口を開いた。
「ヒニャタさん。
俺様とも、あの光の走りをやってくださいよ」
「狙ってやれるもんじゃない」
「そこを何とか」
「きっと意識すれば意識するほど、
あの走りは遠ざかる。
だから……走りを楽しめよ」
「わかりました」
納得したのかしていないのか、ニャツキの瞳が前を向いた。
レース開始のカウントダウンが始まった。
9、8、7……。
「ヒニャタさん」
「ん?」
「もし二人であの走りが出来たら、そのときは……」
カウントダウンが終わり、各ニャ一斉にスタートした。
やがて……太陽が毛並みを照らしたのか。
先頭に立った猫の体が、光をはなったように見えた。
~おしまい~
最後までお読みいただきありがとうございました。
次は異世界恋愛の中編に挑戦してみようかなと思っています。
縁があればまたお会いしましょう。




