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 ニャツキは床に膝をつき、ヒナタの上半身を抱き起こした。



 そしてネコミミを、ヒナタの胸に当てた。



 古い怨嗟の音が聞こえた。



 ニャツキは怨嗟に語りかけた。



 穏やかなような、どこか泣きそうな声で。



「ミカガミ=ナツキ。もう呪うことは止めましょう。


 苦しくても、納得がいかなくても、


 自分の中で筋が通らないことだったとしても、


 自分よりも大切なモノのために、


 矛を収める時が来たのです。


 悔しくとも、泣きたくとも、


 この気持ちを忘れて、次のニャン生を往きましょう」



 ヒナタの胸から、黒い何かが浮かび上がった。



 それはしばらく空中に留まり、やがて霧散して消えた。



 ヒナタの表情に、穏やかさが戻ってきた。



 ニャツキはヒナタを抱きかかえ、ベッドの上に運んだ。



「パパ。念のため、治癒術をかけてください」



「良いけど、何があったのか話してもらえるんだろうな?」



「はい」




 ……。




 ニャツキは家族に秘密を話した。



 前世の記憶があること。



 前世の自分はミカガミ=ナツキというトレーニャーだったこと。



 陥れられたこと。



 ずっと周囲を恨んでいたこと。



 思いつく限りの全てを話した。



「ふ~ん」



 話を聞き終えたケンイチは、淡白な反応を返してきた。



「ふ~んって、それだけですか?」



「凄いなあとは思うけど」



「娘だと思っていた猫の体に


 変な男の魂が入っているのですよ?


 気持ち悪いと思わないのですか?」



「それを言ったら、


 俺だって前世はむちむちボインのお姉ちゃんかもしれんし。


 覚えてないってだけでさ。


 ニャツキはちょっとだけ、


 他の人より記憶力が良いってだけの話じゃないか?」



「記憶力って……」



「ねえちゃんがヘンテコだってことくらい、


 俺たちとっくに知ってるからな」



 ケンタがそう言って、にやっと笑った。



「つらかったのね。ニャツキ」



 ミイナは話をまじめに受け取ったようだ。



 気遣うような声音で、ニャツキを抱き寄せてきた。



 ニャツキの顔が、ミイナの胸に埋もれた。



「みゃ……」



 母の胸の中で、ニャツキは涙をこぼした。



 それから少し待っても、ヒナタが目を覚ます様子はなかった。



 彼はすやすやと、寝息を立て続けていた。



 ニャツキはヒナタのそばに寄ると、ぺしっとデコピンをした。



 それでもまだ、ヒナタが目覚める様子はなかった。



「まったくお寝坊さんですね。


 ちょっと散歩にでも行ってきます」



 そのときリリスがこう提案してきた。



「それならお姉さま。ちょっと走りませんか?」



「走る?」



「はい。近くに練習用コースが有るんですよ」



「にゃるほど。脚の調子を確かめるのに良いかもしれませんね」



 次にミヤがこう言った。



「私も行こうかな。あっ、レース服がないや」



「私の予備をお貸ししますよ」



 リリスがそう言った。



 一行はコースに移動し、三人で走り始めた。



 何周か走ると、リリスが口を開いた。



「どうですか? 具合のほうは」



「問題ないようですね。


 さすがはエリクサーといったところでしょうか」



「でしたら……勝負しませんか?」



「勝負?」



「はい。勝負に勝ったほうが


 次のねこ竜杯で、


 キタカゼ=ヒニャタのパートニャーになるというのはどうですか?」



「それは……」



「10周勝負。行きますよ。


 3、2、1、はい!」



「あっ……!」



 問答無用で、リリスはペースを上げた。



 仕方なく、ニャツキはリリスを追いかけた。



 その隣を、ミヤが併走してきた。



「私も参加するよ。


 今の私の走りを、ナツキに見てほしいから」



「受けて立ちましょう!」



 ニャツキの隣を駆けながら、ミヤがこう言った。



「今だから言うけど、


 私の初恋はナツキだったよ」



 ニャツキは一瞬だけ目を見開いた。



 そして穏やかに苦笑してこう言った。



「……あれはロクでもない男でした。


 とっとと忘れて、


 次の男を捜したほうが良いと思いますよ」



「そうだね。1000年くらい経てば、たぶん忘れられると思う。


 ……ニャツキ、前より速くなってるね」



「呪うことを止めたからでしょう。


 人を呪うということは、


 エネルギーを使うものですから」



「良かったね。ニャツキ」



 ……唐突に始まったレースは、やがて終わりを迎えた。


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