2の60の1「ナツキと真実」
「どうしたら信じていただけますかね?
初めてウェイトトレーニングをしたときの話でもしましょうか?
あなたは歩くことも難しくなって、
俺様がトイレに連れて行ってあげようとしたのですが、
あなたが泣いて嫌がるので、アキコさんを呼んで……」
当時のナツキたちしか知らない秘密を、ニャツキはニヤニヤと口にした。
「やめなさい!」
マニャは怒声を吐き、ミヤを振り払って立ち上がった。
そして今までとは異質な怒気を、ニャツキに向けてはなった。
「どうやって調べたの……?
人の過去に踏み入るんじゃないわよ……!」
マニャは腰をひねり、ニャツキに強く殴りかかろうとした。
受けて立とうと、ニャツキは冷たくマニャの動きを見た。
そこへミヤが割って入り、マニャの拳を掴んだ。
「またナツキを殺すつもり?」
過去の傷を突かれ、マニャは狼狽を見せた。
「あれは……あんなことになるなんて……私は思わなかったの……」
「嘘つき。
ナツキを殺して心臓を奪ったくせに」
「え……?」
ミヤの言葉が想定外だったのか。
マニャはぽかんと固まってしまった。
「心臓ってまさか、俺の心臓の話か?」
ヒナタの言葉が沈黙を破った。
「っ……」
感情的になり、ヒナタのことが見えていなかったのか。
ミヤはしまったという顔になった。
気まずそうに言葉を選ぼうとするミヤを、ヒナタはまっすぐに見た。
「ごまかさないでくれ。ミヤねえ。
俺はもうガキじゃない。
つらいことを知っても折れたりはしない。
真実を知る権利があるはずだ」
「…………わかった」
……。
幼いヒナタは心臓の病に苦しんでいた。
治癒術ではどうしようもない難病だ。
病気を完治させるには、移植手術しかないと言われていた。
だが心臓移植のドナーなど、簡単に見つかるものではない。
このままではいつ命を落とすかわからない。
彼を愛する家族たちは、恐々と日々を送っていた。
そんなある日、とつぜんドナーが見つかったと、医師から報告があった。
どうしていきなり幸運に恵まれたのだろうか。
疑問を残しつつ、手術の日がやってきた。
家族に見送られ、ヒナタは手術室に運ばれていった。
ねこ竜杯のため、マニャは不在だった。
ヒナタの両親とミヤは、手術室の外で結果を待つことになった。
ただじっと待っているのは落ち着かない。
そう思ったミヤは、外の空気を吸いに行くことに決めた。
病院の廊下を歩き、出口へと向かう。
途中、怪我人を乗せたストレッチャーが、前方から運ばれてきた。
「ナツキ……!?」
ストレッチャーの上の男は、顔がボロボロになっていた。
だが見間違えるはずがない。
ライセンスを剥奪されて姿をくらましたナツキに違いない。
ミヤは驚きつつ、すれ違ったストレッチャーを追いかけた。
廊下の突き当たりで、ナツキは手術室に運び込まれていった。
その手術室は、ヒナタが運び込まれたのと同じ部屋だった。
「そこで今から……ヒナタの手術をするんじゃ……?」
大事な手術のじゃまをするわけにはいかない。
ミヤはどうしようもなく、手術室の前で固まってしまった。
……。
やがてヒナタの手術が終わった。
麻酔で眠っているヒナタが、手術室から運び出されてきた。
手術を担当した医師が、両親に話しかけた。
「手術は無事に終了しました。
これからしばらくは、
集中治療室で術後の経過を観察することになります」
「あの……ナツキは……?」
ミヤが口を開いた。
「ナツキ?」
「ここに運び込まれた
顔にケガをしていた人は、
どうなったんですか……?」
「彼にはヒナタくんの心臓のドナーとなっていただきました」
ドナーになった……?
それはつまり……彼から心臓を取ったということ……?
「っ……ナツキ……!」
ミヤは強引に、手術室に飛び込んだ。
それを見て、後処理を行っていたスタッフが、ぎょっとした様子を見せた。
ミヤは台の上に、ナツキの姿を見た。
彼の胸は、大きく切り開かれていた。
ミヤは震える手で、ナツキの指先に触れた。
彼の手からは、いつもの温かさは感じられなかった。
ミヤは崩れ落ちた。
「あ……あああああぁぁぁぁ……」




