2の59の1「ニャツキと気持ち」
「あの……」
「誰のせいでこんな事になったと思ってるんだッ!」
怒声と共に、ニャツキはリリスに掴みかかった。
戸惑うリリスを、ニャツキは地面に引きずり倒した。
そして彼女の上にのしかかり、馬乗りの姿勢になった。
「私が先に出会ったのに……!
私が先に好きになったのに……!
パートニャーだったのに……!
おまえがヒニャタさんを盗った……!
見つけて育ててやったのに……!
私が居なかったら……底辺のクズねこだったくせに……!
恩知らずの恥知らずの薄汚いドロボウ猫が……!
ブチ殺してやる……!」
恨みに満ちたニャツキの両手が、リリスの首にかかった。
「どうだ……! 苦しいか……!
おまえが私を地獄に落とした……!
だからおまえも地獄に落ちろ……!」
リリスはまったく抵抗しなかった。
彼女は平然と、ニャツキにこう返した。
「いいえお姉さま。私はちっとも苦しくなどありませんよ」
首を絞められているのに、どうして平気なのか……?
ニャツキははっとして自分の手を見た。
「まさか……手もダメに……?」
「違います。お姉さま」
「…………?」
「あなたは超一流のトレーニャーさんです。
自分が傷ついても猫を育てる、
生粋の競ニャバカです。
そんなあなたに、
ランニャーを殺すことなんてできるはずがありません」
リリスの眼差しは、信頼に満ちていた。
自分がニャツキに殺されるなどとは、微塵も思っていない。
ニャツキの目に涙がにじんだ。
涙はそのまま、リリスの頬に落ちた。
「あ……あぁ……うにゃあああああああぁぁぁぁっ……!」
……しばらくのあいだ、ニャツキはぼろぼろと泣いた。
涙を多くこぼすと、やがて彼女は落ち着いてきたようだ。
リリスはニャツキをベッドに戻し、その隣に座った。
ニャツキはリリスに体重を預けた。
「ごめんなさい……。
あなたはクズねこなんかではありません。
俺様の自慢の、最高のランニャーです」
「ありがとうございます。
……まずは服を着ましょうか。
今の格好は、性犯罪を誘発します」
「……はい」
ねこ服を着崩したことで、ニャツキは裸になっていた。
ニャツキは恥じ入りつつ私服に着替えた。
それからすぐ、病室のドアが開いた。
「ハヤテ」
ニャツキを呼びながら、ヒナタが入室してきた。
「ひゃっ!?」
ヒナタがやって来るのは予想外だったのか。
ニャツキは怯えたように、リリスの後ろに隠れた。
「なんで隠れる」
「だって……身だしなみが……」
「乙女じゃねえんだから」
「乙女ですが!?」
「良いから出て来い」
「にゃ……」
ニャツキはおずおずと、姿をヒナタに晒した。
「ニャカメグロ。
ハヤテと二人で話させてくれるか?」
「わかりました」
特に噛み付いてくることもなく、リリスはすなおに退出した。
ヒナタはベッドに腰かけると、隣をぽんぽんと叩いた。
「こっち来いよ」
「……はい」
ニャツキはぎこちない動きで、ヒナタの隣に擦り寄っていった。
(だいぶ悪そうだな。こいつの脚)
「ハヤテ」
「……はい」
「単刀直入に聞くが、
おまえは俺っていうジョッキーをどう思ってるんだ?」
「どう……というのは?」
「おまえにとって、俺はずっとお荷物だったか?」
「そんなわけがありません。
あなたは私の窮地を、何度も救ってくださいました。
私にとって、あなたはヒーローです」
全てが終わったと思っているからか。
ニャツキはすなおな気持ちを、正直に吐き出すことができた。
「そんな大したことをした記憶はないがな」
「自己評価が低すぎるのではないですかね。あなたは」
「じっさい、タケベさんには負けたしなぁ」
「1度だけでしょう?
あれだって、私がランニャーだったら勝ちましたよ」
「当たり前だ。そんなの勝ちには入らねえよ。
しかし……ヒーローねぇ」
「……何ですか」
「ごめんな。気付けなくて」
ヒナタはニャツキの肩を抱き寄せた。
そして近くなったニャツキの頭を撫でた。
ニャツキは赤くなって俯いた。
「私は子供じゃないです」
「わかってるよ。
俺だっておまえのこと、
ヒーローだって思ってたぜ」




