2の57の1「病院とニャツキ」
「何があった……?
カースにやられたのか……?
誰だ? 誰がやりやがった……!?」
ニャツキの痛々しい様子は、他者の悪意を連想させた。
誰かの悪辣なカースが、ニャツキを陥れたのか。
だとしたら、許すことはできない。
ヒナタが義憤を空回りさせると、シャルロットがこう答えた。
「誰でもないわ。ニャツキは自滅したの」
「まさか……。あいつは完璧なランニャーだ。
何もないのにクラッシュなんかするもんかよ」
ニャツキは誰よりも、走りのことを知り尽くしている。
コース取りもペース配分も、ジョッキーが要らないくらいに完璧だ。
あいつが自滅なんてするはずが……。
「ニャツキの鞍を降りたあなたに何がわかるの?」
「っ……」
「さあ、ウィニャーズサークルに行きなさい」
ニャツキのことは心配だが、仕事を投げ捨てるわけにはいかない。
勝者の役目を果たさなくてはならない。
ヒナタはリリスを連れて、ウィニャーズサークルに入った。
周囲の支度が整うと、インタビュアーが口を開いた。
「ニャカメグロさん。
デビュー2年目にして初のSランクレース制覇、
おめでとうございます。
まずは今のお気持ちを聞かせてください」
「…………」
マイクを向けられても、リリスは心ここにあらずな様子だった。
「あの、ニャカメグロさん?」
インタビュアーが困惑を見せた。
フォローのため、ヒナタが口を開いた。
「同じホテルのハヤテがクラッシュしたでしょう。
それで落ち込んでるんですよ。
俺に話せることなら、俺が話しますよ」
「それではキタカゼさん。
ジョッキーとしてのSランクレース連覇、おめでとうございます。
今のお気持ちを聞かせてください」
「とても光栄なことだと思います」
ヒナタは微笑を作って答えた。
「それではキタカゼさん……」
話を進めようとするインタビュアーを、ヒナタが遮った。
「その前に」
「はい」
「ニャカメグロを見舞いに行かせてやっても構いませんかね」
「事情が事情なので、仕方がありませんね。
ニャカメグロさん。ありがとうございました」
「行け。ニャカメグロ。
ハヤテのそばに居てやってくれ」
「っ……すいません……!」
ヒナタを残し、リリスはサークルから走り去っていった。
主役の片方を欠いたが、勝利者インタビューは続いた。
「それではキタカゼさん。
目玉の質問に入らせていただきますが、
お二人がゴール手前で見せた走りは、
いったい何だったのでしょうか?
Sランクレースという大舞台に立ったことで、
ニャカメグロさんのカースが、
ねこ進化を起こしたということなのでしょうか?」
猫が超常現象を起こせば、カースだと思うのが普通だ。
インタビュアーも常識的に、光の走りをカースだと判断したらしい。
「いえ。あれはカースではありません」
「それではいったい……?」
「俺はあれを、光の走りと呼んでいます。
俺はジョッキーになる前にも、
一度あれを経験したことがあります」
「それはいつの話ですか?」
「子供のころ、姉さんと森を走っていた時に、
あの現象に遭遇しました。
周りには信じてもらえませんでしたが」
「キタカゼ=マニャさんも、あの現象を起こしたことがあると?」
「いえ。マニャねえじゃなくて、ミヤねえ。
マニャねえの妹です」
「なるほど。
いったいどのような理屈で
猫があんなふうに光るのでしょうか?」
「詳しいことは俺にもわかりませんが……。
いま俺たちが居るところは、猫にとっての限界じゃない。
猫の走りにはまだまだ先がある。
そういうことじゃないかなと思っています」
ヒナタは無事にインタビューを終えた。
インタビュアーが話を締めくくると、勝者に拍手が送られた。
ヒナタはみんなの後を追い、急いで病院に向かった。
病院のロビーに入ると、オモリの姿が見えた。
ヒナタがオモリに近付くと、彼女が口を開いた。
「遅かったわね」
なるべく早く来たつもりだが、ヒナタは言い訳をしなかった。
「すまん。ハヤテは?」
「こっちよ」
オモリの案内を受け、ヒナタは院内を歩いていった。
しばらく進むと、リリスとシャルロットが病室前に立っているのが見えた。
ヒナタはリリスに声をかけた。
「ハヤテはこの中か?」
「はい。そうですけど……」
歯切れが悪いリリスの隣を抜け、ヒナタは病室のドアを開けた。
シャルロットはヒナタに背を向けて、反対方向へ去っていった。
病室に入ると、ニャツキの家族のすがたが見えた。




