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その14「才能とトレーニャー」




 話が終わると、ヒナタはバイクに跨った。



 先日乗っていたのと同じバイクだった。



 彼はバイクを発進させると、どこかへと走り去っていった。



 もう用事は済んだ。



 ニャツキはホテルに帰ることにした。



「あの……!」



 ねこセンターの敷地を出たところで、ニャツキは呼び止められた。



 振り返ると、リリスの姿が見えた。



「なんですか?」



 ニャツキはそう尋ねた。



 リリスの2本の尻尾が、ゆらゆらと揺れていた。



 感情が昂ぶっている様子だった。



「っ……責任を取ってください……!」



 リリスは追い詰められたような表情で、ニャツキにそう言った。



「責任? 何の?」



 何の話だか、まるでわからない。



 そんな様子でニャツキは尋ねた。



「私をレースに巻き込んだ責任です。


 このままでは、


 私は土下座をすることになってしまいます」



「俺様が居なかったら、


 魔石をまきあげられてた可能性が


 有りますけど、


 そちらの方が良かったのですか?」



「あれは……!


 あなたが口を挟まなければ、


 自力でなんとか出来ました!」



 気弱そうだった少女が、強気な態度を作り、そう言った。



 対するニャツキの口調は、じつにノンビリとしていた。



「そうですか?


 まあ何にせよ、


 レースで勝てば良いじゃないですか」



「簡単に言わないでください……!


 良いですよね。


 ちゃんとしたホテルのサポートを受けられる人は」



 リリスは、拗ねと怒りが混じったような声音で言った。



「はい? サポート?」



 心当たりの無いことを言われ、ニャツキは疑問符を浮かべた。



「昨日、ダンジョンの40階にまで行ったんでしょう?


 新人なのに、


 随分とレベルを


 上げてもらってるようじゃないですか」



 そう言われてようやく、ニャツキはリリスの勘違いに気付いた。



 それで、誤解を訂正することにした。



「あの、勘違いしているようですが、


 俺様のレベルが高いのは、


 ホテルのおかげではありませんよ?」



「えっ?」



 リリスが驚きの声を漏らした。



「俺様は、背が伸びきる前から、


 故郷のダンジョンに潜っていました。


 レベルが高いのは、そのおかげです。


 ホテルは関係ありません」



「うそ……」



 ニャツキの言葉は真実だ。



 だが普通、子供がダンジョンに潜ったりはしない。



 リリスには、ニャツキの言うことが、信じられない様子だった。



「嘘ではありません。


 考えてみてください。


 俺様は、


 デビュー戦のジョッキーすら見つからず、


 フリーのジョッキーを


 捕まえなくてはなりませんでした。


 一流ホテルのランニャーが、


 そんなことをすると思いますか?


 そもそも、


 まともなホテルであれば、


 ランニャーを1人で潜らせるようなことはしませんよ。


 最低でも、冒険者を1人は


 同行させるはずです。


 それに、一流ホテルが期待している猫が、


 地方デビューというのもありえませんね。


 そうでしょう?」



 ニャツキにそう言われても、リリスは引き下がらなかった。



「っ……!


 何でも良いんです!


 全部あなたのせいなんですから、


 あなたが責任を取ってください!」



「必死ですね」



「必死にもなりますよ。


 私みたいな、


 一流ホテルと契約することができなかった猫は」



「一流ホテルというのは、


 ホテルヨコヤマのような所のことですか?


 あんなもの、


 たいしたものでも無いと思いますけどね」



 ニャツキは見下すように言った。



 彼女は本心から、ホテルヨコヤマごときは、たいしたものでは無いと思っていた。



 そんなニャツキの言葉は、リリスからすれば、到底受け入れられるものでは無かった。



「そんなこと言って、


 今の中央で活躍しているのは、


 有名ホテル所属の


 猫ばっかりじゃないですか」



 現実問題として、今勝っている猫は、一流ホテルに所属している。



 それが事実だ。



 ホテルヨコヤマのキタカゼ=マニャは、三冠タイトルを独占し続けている。



 ヨコヤマは、言わずと知れた一流ホテルだ。



 それだけでは無い。



 AランクやBランクのレースを見ても、勝ち猫には、一流ホテルの猫が名を連ねていた。



 そんな状況でニャツキが何を言っても、リリスには戯言としか聞こえなかった。



 ホテルの質は、猫の走りに直結する。



 リリスに限らず、ほとんどの猫が、そう考えていた。



「あのキタカゼ=マニャだって……」



「キタカゼ=マニャが


 二冠ニャになった時は、


 無名の弱小ホテルに所属していたんですが、


 ご存じないのですかね?」



「あれはあの人だから出来たんです!


 私みたいな


 普通の猫と一緒にしないでください!


 それにあの人だって、


 ホテルを移籍したら、


 さらに実績を伸ばしたじゃないですか……!」



「はあ。そうですか」



 キタカゼ=マニャは、ホテルに足を引っ張られて、二冠止まりだった。



 そんな風説が、こんな新人の猫にまで、事実のように語られている。



 自分の努力は何だったのかと思い、ニャツキはしらけ顔になった。



「それで、責任でしたっけ?


 あなたは結局、


 俺様に何を望んでいるのでしょうか?」



「私をパワーレベリングしてください!」



 パワーレベリングとは、ハイレベルの冒険者に、レベル上げを手伝ってもらう行為だ。



 身の丈以上の強い魔獣を倒し、急速にレベルを上げる。



 ランニャーに限らず、冒険者界隈でも行われる、有名なレベル上げの手段だった。



 ホテルニャンが用意した魔石を食べることも、パワーレベリングの一種だと言える。



「なるほど。


 楽をして


 速くなりたいということですか」



 レベルを望んだリリスに対し、ニャツキの態度は冷ややかだった。



「一流ホテルのランニャーはみんな、


 ホテルから質の良い魔石を貰って、


 その力で強くなっています。


 それと同じ事をするのが、


 いけないっていうんですか?」



 皆がやっていることなのに、どうしてそんな目で見られなくてはいけないのか。



 リリスは責めるような口調でそう尋ねた。



「ダメですねえ」



 ニャツキは断言した。



「どうして……!」



「そんな次元の低い考えでは、


 どうせたいしたランニャーにはなれません。


 そんな三流の猫が、


 ちょっと速くなる程度の手助けを、


 どうして俺様が


 手伝わないといけないのですか?」



「次元が低い?」



「ええ。


 魔石のEXPで


 ランニャーを速くするというのは、


 まともなホテルなら、


 どこもやっている事でしょう?


 パワーレベリングで


 ねこレベルを上げれば、


 地方レースくらいなら、


 そこそこ勝てるかもしれませんね。


 ですが、その先は?


 中央に居るのは、


 みんなハイレベルの猫ばかりです。


 中央へ行った時点で、


 レベルによる速さという


 あなたの個性は無くなります。


 そんな没個性な走りで、


 どうやって中央で勝ち抜こうというのですかね?」



「っ……!


 条件が互角なら、


 私の走りで勝ってみせます」



「本当に?


 心の底から


 自分の走りを信じていれば、


 地方レースくらい、


 パワーレベリング無しでも


 勝ってみせると思うのではないですかね?」



 EXPを得てねこレベルを上げる事は、ランニャーにとっては常識だ。



 だが、地方レースには、レベルの高い猫は少ない。



 一流ホテルに才能を見込まれた猫は、中央からデビューするからだ。



 地方デビューの猫は、弱小ホテル所属ということになる。



 あるいは、有名ホテル所属でも、あまり期待されていない猫か。



 レベル上げが十分で無い猫が、集まることになる。



 ハイレベルになれば、地方レースでの勝率は、大きく上がるだろう。



 だがそれでは、走りの才能で勝ったということにはならない。



 レベルとは、EXPを得ることができれば、誰でも上げることができるものだ。



 そこにランニャーの個性は無い。



「ですがあなたは、


 パワーレベリングに頼ろうとしている。


 本当は、


 自分の走りに自信が無いのでは?」



「……そうかもしれませんね」



 リリスはそう認めた。



 そして続けた。



「けど、自信が無かったらダメなんですか……?


 トップランニャーの走りを見たら、


 自分がたいしたこと無いことくらい分かります。


 けど……。


 凡人が、


 ちょっとでも速くなりたいって思うのは、


 いけないことなんですか?」



「いけませんね」



「どうして?」



「時期に合わないレベル上げは、


 才能を潰すことも有るからです」



「才能……?」



「ええ。


 不合理な行いで


 才能を埋もれさせてしまうのは、


 じつにもったいない」



 そう言ったニャツキは、トレーニャーの目になっていた。





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