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「負け惜しみですか!?
楽しいですよ! あなたのような弱者に!
吠え面をかかせることができるのですから!」
「そうかな?」
「あなたに構っている場合ではありません。
そこで敗北の苦味を噛み締めていなさい!」
ニャツキはカゲトラを突き放し、リリスとの距離を詰めた。
スキルを使っていないリリスなど、今のニャツキの敵ではない。
ぐんぐんと距離が詰まった。
ニャツキとリリスとの距離が、およそ5ニャ身にまで縮まった。
(さあ、追いつきましたよ!
振り向いて! 私を見てください! ヒニャタさん!)
カゲトラよりも速い今の自分を見て、ヒナタはどんな反応を見せるだろうか。
そんな期待と共に、ニャツキはヒナタが振り向くのを待った。
だがニャツキの予想に反し、ヒナタが振り向く様子はなかった。
「っ……?」
(こちらに気付いていない……?
競争相手が、すぐ近くまで迫っているというのに……?
ジョッキーの仕事を放棄している……!?)
ニャツキは困惑した。
戦況を見極め、正しい判断を下すのがジョッキーの仕事だ。
敵が迫っても気付かないなんて、普通ならありえないことだ。
その敵というのが最強の自分であればなおさらだ。
(この俺様を無視とは、良い度胸です。
追い抜いてやれば、
無視を続けることはできないでしょう……!?)
殺気に似た戦意を、ニャツキは燃え上がらせた。
先頭のリリスが、ヘアピンカーブを曲がった。
そして最後の直線に入った。
ニャツキも後を追い、直線でさらに加速した。
そしてヒナタの視界に入りかけたそのとき……。
(スパートだ。行くぞ)
(はい!)
「『華花絢爛-かかけんらん-』」
リリスがスキル名を唱えた。
(スパート……!? しまった……!)
いつの間にか、スパートの距離に入ってしまっていたらしい。
リリスの周囲で、強化呪文の花々が煌いた。
カースの力に後押しされ、リリスが加速した。
その速度は、今のニャツキと比べてさえ、少し速い。
ニャツキはじりじりと、リリスに引き離されそうになった。
(させない……!)
ニャツキの背から、新たに黒い翼が伸びた。
(捻り潰してさしあげますよッ!)
無防備なヒナタの背中に、凶器とも言うべき呪いが伸びた。
客席で、レースを見守っていたリニャが、目を見開いた。
「リリスちゃん……!」
黒く鋭い一撃が、ヒナタに悲劇をもたらす。
多くの観客が、そんな未来を予想した。
そのとき。
(楽しいな)
ヒナタが穏やかに、パートニャーにだけそう言った。
(はい。キタカゼ=ヒニャタ)
リリスも穏やかに返した。
直後。二人の体が輝いた。
「えっ……?」
ニャツキの眼前から、二人の姿が消え失せた。
……。
ニャツキが生まれるよりも昔。
ヒナタがまだ4歳だったころ。
ヒナタはミヤの背に乗って、森の中を駆けていた。
二人はやがて、天然の花畑のような所にたどり着いた。
彼らは心地の良い景観を、心の底から楽しんで走った。
二人だけの走り。
二人だけの世界だった。
あるとき突然に、二人の体が輝いた。
いつの間にか二人は、光りの世界を走っていた。
そこには余計なものは何もなかった。
草も木も、雲や太陽すらない。
輝きだけに満ちた世界を、二人は駆け抜けていった。
(これは?)
しばらく光の中を走ったとき、ヒナタの心に雑念が生じた。
すると光の世界は、ふっと消えてしまった。
ヒナタとミヤは、元の世界に戻っていた。
「えっ……ここどこ?」
二人が現れたのは、元の花畑ではなかった。
二人の眼前には、見知らぬ風景が広がっていた。
……つまりは迷子だった。
ミヤはなんとかして、家への帰り道を見つけることができた。
帰りが遅いと家族には叱られた。
夕食後、ミヤの部屋をヒナタが訪れた。
「ミヤねえ」
「うん」
ヒナタが何を言いたいのか、ミヤには予想がついているようだった。
「あれってミヤねえの、カースっていうやつ?」
ヒナタには、猫の姉がふたり居る。
猫がふしぎな力を持っていることは、4歳でも知っている。
だから今日のことも、猫のカースなのかと思ったのだが……。
「違う。私のカースはもっと受動的だよ」
「受動……?」
「防御の技で、自分からは使えない。わかる?」
「うん。それじゃあ……昼のアレは何だったのかな?」
「私にもわからない」
「……凄かったね」
「うん。凄かった」
いっときの輝きが、ヒナタの胸へと深く刻み込まれていた。
後日の幼稚園。
「本当だって。
走ってたら、ぱーっと光ったんだ。
それで光が消えた時には、違う場所に居たんだよ」
ヒナタは自身の体験を、正直に周囲に語った。
だが周りの反応は冷ややかだった。
「だからそれってカースだろ?」
「カースじゃないって」




