2の53の1「ねこ聖杯と開戦」
「パパ!」
ニャツキは表情を明るくして、ケンイチに近付いていった。
ケンイチの隣には、ミイナとケンタの姿もあった。
そしてミイナの腕には、ミャモリが包み込まれていた。
「ミャモリ。お姉ちゃんを応援に来てくれたのですか?」
「あう?」
可愛らしい妹の姿を見て、ニャツキは思わず笑いを漏らした。
「にゃふふ。格好良い走りを見せてあげます。
期待していてくださいね」
「ニャツキの妹?」
鞍の上で、シャルロットがそう尋ねてきた。
「どうも。ニャツキの父のケンイチです」
「母のミイナです」
「……ケンタ」
ニャツキの両親が、明るくシャルロットに挨拶をした。
ケンタだけは、妙に照れくさそうな様子だった。
「シャルロット=ニャヴァールよ。よろしく」
挨拶が終わると、ケンタがニャツキに話しかけた。
「姉ちゃん」
「何ですか?」
「今回は、ヒナタがジョッキーじゃないんだな」
「っ……今回は、ちょっと都合がつかなかったのです」
「ケンカしたのか?」
「してません」
「そう? せっかく応援に来てやったんだから、優勝しろよ」
「……まあ、2位以内には入ると思いますよ」
珍しく弱気な姉を見て、ケンタは顔をしかめた。
「はぁ? らしくねえの。
そこはブッチギリで優勝してみせますよって言うところだろ」
「そう言いたいところですが、
ライバルも手強いですからね」
「ホント、らしくねえな。
調子でも悪いのか?」
「いえ。体調には問題ありません」
「なら良いけど。
ミャモリにかっこ悪いところ見せんなよ」
「はい」
選手入場の時間になり、ニャツキたちはコースに向かった。
「うううぅぅぅ……」
道中で、リリスは緊張の唸りを見せていた。
「なんかサイレン鳴ってんな」
鞍の上で、ヒナタが意地悪くからかった。
リリスは睨み顔になり、視線を上に上げた。
猫の体型では、目を動かしたくらいで鞍の上は見えない。
だがなんとなく、それでヒナタを睨んだ気分になれるらしい。
「うるさいですね。
仕方ないでしょう? これから始まるのは、
ニャホンで三つしかないSランクレースなんですよ?」
「負けるのが怖いのか?」
「……べつに。
私ごときがこんな凄いレースで勝てるなんて、
最初から思ってませんから」
「本当にそうか?」
「え……?」
「絶対に勝てないって思ってる猫が、
そんなに震えるもんかな。
もしかしたら自分が……そういう気持ちがあるから、
体に力が入るんじゃねえのかよ」
「相手はあのお姉さまです。勝ち目なんて……」
「そうかな? 俺は勝てると思ってるぜ」
「あなたは……どうしていつもそうなんですか?」
「俺はなんとなく、猫の凄さがわかるんだ。
それで、ハヤテは今までスカウトしてきた中で、
3番目に才能があると思った。
2番目はカイ。
そして、1番はおまえだ」
「……そんな都合の良い話、信じると思うんですか?」
「努力してくれるんだろ?」
「そうですね。
私が1番の猫だと、なるべく思い込むことにします。
……それで?
才能があると思ってたから、私を選んだんですか?」
「違うよ。
前にも言ったけど、
おまえとここまで走って来られて、楽しかったよ」
「……私も楽しかったですよ。ちょっとだけ」
「ありがとう。ニャカメグロ」
「何のお礼ですか。そういうのは、勝ってから言ってください」
「それじゃあ勝つか」
「はい。勝ちましょう」
リリスは自身の集中力が、深く深く研ぎ澄まされるのを感じた。
今までにない走りができる。
そんな予感があった。
足取り軽く、リリスはゲートインした。
一方のニャツキも、負けずに集中力を高めていった。
(負けませんよ。リリスさん)




