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「はい。ありがとうございます」
ナオヤは礼儀ただしく頭を下げた。
ヒナタとリリスは、控え室へと歩き出した。
やがてコースで猫たちが走り出した。
「わぁ。始まったねぇ。リリスはどこかな?
あっ、見えなくなっちゃったねぇ」
「母さん。これはBランクレース。
ねえさんのレースは、次の次だよ」
「そっか。競ニャって難しいねぇ」
そのとき、のんびりと微笑むリニャに、女の子が駆け寄ってきた。
「ねこさん。撫でて良い?」
「こら、失礼だぞ」
父親らしき人物が、子供を軽く叱った。
「どうぞどうぞ。好きにして良いよぉ」
許可が出ると、女の子はリニャに手を伸ばした。
「……すいません」
父親は軽く苦笑した後、レースに視線を戻した。
……。
控え室に居たニャツキは、ヒナタとリリスの到着に気付いた。
(ようやく来ましたか。
まったく、心配させないでほしいものです。
リリスさんはにゃん体化していますね。
外でウォーミングアップでもしてきたのでしょうか。
メンタルが落ち着かないというのであれば、
こちらには好都合ですが……)
ニャツキはほっとした顔になると、リリスたちから視線を外した。
そして控え室内の面々に視線を巡らせた。
……マニャが居ないなと、ニャツキは思った。
ねこ聖杯に出場する選手の中に、キタカゼ=マニャの姿がない。
話には聞いていた事実を、実感せざるをえなかった。
(マニャさん……本当に居なくなってしまったのですね……。
まあ……優劣はわからせたのですから……
べつに居なくても構わないのですが……)
ニャツキは俯いた。
マニャのジョッキーだったフミヤが、椅子から立ち上がった。
彼は遅れてきたヒナタに声をかけた。
「よっ、若いの。遅かったじゃねえか」
「おはようございます」
「おはようと来たか。すっかり大物だな」
「そっちこそ。フクヤマがへこんでましたよ。
鞍を取られたって」
前回まで、カゲトラのジョッキーはフクヤマ=ノリコだった。
だがマニャの引退により、フミヤがカゲトラを担当することになった。
「おいおい。
べつに俺が無理を言ったわけじゃねえぞ?
あれはホテルの意向だ。
俺が若手から鞍を奪い取るような
鬼チクショウに見えるか?」
「さて」
「おいおいおい。
それで……俺にお鉢が回ってくるだけあって、
カゲ坊は良い猫だ。
まだまだ甘いところはあるが、
さすがはキタカゼ=マニャの後継者ってところか。
そっちはねこ王の鞍から下ろされたらしいな?
シモのほうで何かヤったか? その顔だからな」
「何もヤってませんが」
ヒナタは表情の温度を下げて答えた。
「そうか?
何にせよ、災難だったな。
今回は俺が勝たせてもらうぜ」
「負けませんよ」
「おう」
フミヤは元いた椅子に戻っていった。
ヒナタは適当な椅子に座り、リリスはその隣で丸くなった。
やがて放送があり、ニャツキたちは装鞍所に向かった。
Sランクレースは好かないと、今回もミヤは欠席している。
代わりにオモリがニャツキの鞍を取り付けた。
リリスの応援には、サクラたちが回った。
「がんばってね。トレーニャーさん」
「ありがとうございます」
「ブチかましてやれ」
「っ……がんばります!」
ニャツキがオモリの応援に、リリスがサクラの応援に答えた。
「行くか」
ヒナタが口を開いた。
「ミスをしたら許しませんからね。キタカゼ=ヒナタ」
「ああ。わかってる」
「…………」
リリスに跨るヒナタを、ニャツキは悲しそうに見た。
ニャツキの繊細な気持ちを感じ取ったのか。
シャルロットがニャツキを気遣う様子を見せた。
「だいじょうぶ? ニャツキ」
「何がですか? 俺様は常に絶好調ですが」
「……そう。行きましょうか」
シャルロットがニャツキに騎乗した。
今日のニャツキには、ジョッキーの体重が、妙に重く感じられた。
曇り空の気持ちで、ニャツキはパドックに入った。
「ニャツキ!」
パドックの柵の外から、男の声がニャツキを呼んだ。
見ると声のぬしが、父のケンイチだったとわかった。




