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「長くなるのか?
わざわざこうして呼び出したってことは」
マニャとヒナタは、元々離れて暮らしていた。
いまさらちょっと海外に行くことくらい、たいした事件とも言えないはず。
何かおおごとになるのかと、ヒナタは推測した。
「いいえ。ねこ聖杯が終わるころには帰るわ」
「だったらどうして……」
困惑するヒナタに、マニャが抱きついた。
「なっ……!」
ニャツキが目を見開き、マニャにつかみかかろうとした。
「離れなさい! わいせつな! 公衆の面前ですよ!」
「うるさいわね。このドブ猫は」
マニャはすらりとした腕を伸ばし、ニャツキにデコピンをはなった。
「ふにゃっ……!」
この反撃は予想していなかったのか。
ニャツキはデコピンをまともに食らってしまった。
彼女は痛そうにおでこを押さえた。
「向こうでおみやげを買ってくる予定だから、楽しみにしてて」
ニャツキを無力化したマニャは、優雅な仕草でヒナタから離れた。
そしてロビーから出て、駐車場の高級車で走り去っていった。
「それだけ? いったい何だったんだ……?」
わざわざ呼び出すほどの用事だったとは、とても思えない。
ヒナタが混乱していると、立ち直ったニャツキが近付いてきた。
「頭のおかしい猫のことなどほうっておきましょう。
それよりヒニャタさん。
こうして久々に出会えたのですから、
ちょっと走っていきませんか?」
「良いけどさ、
もうすぐレースなんだから、
ニャヴァールと調整したほうが良いんじゃねえの?」
「必要ありません。
どうせシャルロットさんには、
手綱を任せるつもりはありませんから」
「はぁ」
ジョッキーには頼らず、自分勝手にやる。
ニャツキのやり方は、シャルロットが相手でも変わらないようだ。
(たいへんだな。ニャヴァールのやつも)
ニャツキが強く誘うので、二人は練習用の小型コースに向かった。
久しぶりにヒナタを鞍に乗せ、ニャツキはコースを駆けた。
「ハヤテ」
コースを何周か走ったとき、ヒナタが口を開いた。
「何でしょうか?」
「おまえちょっと、走りがぎこちないぞ。
だいじょうぶか?」
「それは……」
答えにくそうなニャツキに、ヒナタは疑問符をぐいと押し付けた。
「何だよ?」
「がんばったら、光らないかと思いまして」
「んん?」
「ですから、前に仰っていた光の走りですよ」
「覚えてたのか」
「そりゃあ覚えてますけど」
「力んだら光るってもんでもねえよ。気軽に走れ」
「……わかりました」
ニャツキは肩の力を抜き、いつもの走りに戻った。
彼女の軽やかな走りを見て、ヒナタは内心で安堵した。
(良かった。
怪我をしてるとかじゃなかったみたいだな)
安心したヒナタは、ライバルとしての笑みを浮かべた。
「ねこ聖杯で勝負だ。ハヤテ」
「はい。俺様に勝負を挑んだこと、
後悔することになるでしょう」
……。
ねこ聖杯の三日前になった。
ヒナタはリリスと共に、彼女の家を訪れていた。
「はい。終わったよぉ」
リリスの母、リニャが、ヒナタへのねこヒーリングを完了させた。
「いつもありがとうございます」
「いえいえ。どういたしましてぇ」
「あの、お母さん」
狭いアパートで、ヒナタは姿勢を正した。
「何かな?」
ヒナタはまじめな顔でこう言った。
「娘さんの晴れ舞台を、
競ニャ場まで見に来てくれませんか?」
「ん~。ごめんねぇ。
ちょっと体が重くってねぇ」
いつものように、リニャは無気力だった。
ニャホンじゅうが注目する大舞台で、愛する娘が走る。
それを見に行くだけのことさえ、今のリニャには気が重いらしい。
「俺が会場まで連れていきますよ」
「いやぁ。そこまでしてもらうわけにはいかないよぉ」
やんわり断ろうとしたリニャに、ヒナタは弛みのない顔を向けた。
「勘違いしないでください」




