2の48の1「ニャツキと家出」
翌朝の食堂。
「……遅いな。ハヤテのやつ」
出入り口に視線を向けながら、ヒナタがリリスにそう言った。
「……はい」
いつもと違い、ニャツキがなかなか姿を見せないのだった。
「ちょっと様子を見に行ってみるか。
ヤニャギさん、良いですか?」
「ええ」
合鍵の使用許可を得ると、ヒナタは椅子から立ち上がった。
「私も行きます!」
リリスがそう申し出た。
ヒナタとリリスは、ニャツキの部屋の前に移動した。
少し待っていると、アキコが合鍵を手に姿を見せた。
アキコが鍵を開け、ドアを開いた。
「ニャツキちゃん。入るわよ~」
室内に声をかけてから、アキコは入室した。
ヒナタとリリスも後に続いた。
リビングにはニャツキの姿はない。
次に寝室を覗いたが、そこにもニャツキは居なかった。
「どこに行ったんだ……?」
「お風呂かもしれません!
調べてきます!」
リリスは勢い良く、バスルームに走りこんでいった。
「さて、俺たちはどうしますかね」
二人は寝室からリビングに戻った。そのとき。
「あら……」
アキコは何かに気付いた様子を見せた。
彼女はソファの前のローテーブルへ近付いていった。
そしてテーブル上の紙を拾い上げた。
「何ですか? それ」
ヒナタは横から紙を覗き込んだ。
「置手紙みたい」
そのときリリスがバスルームから戻ってきた。
「お風呂には居ませんでした……」
「だろうな」
がっかりとしたリリスに短く返すと、ヒナタは置手紙に視線を戻した。
「それで、手紙の内容は?」
「手紙?」
リリスもアキコの隣に立ち、置手紙を覗き込んだ。
ヒナタたちに聞こえるよう、アキコは手紙を読み上げた。
「ええと……。
ねこ聖杯の特訓のため、しばらく旅に出ます。
特訓中、トレーニングに関する質問には
直接にはお答えできませんが、
なるべくSNSで応対できるよう努力します。
ウェイトトーレニングは決して一人では行わず、
ミヤさんに監督を頼むようにしてください。
魔石の調達に関しては、
業者に手配しておきました。
ねこ王杯の賞金から支払っておいたので、
代金に関してはご心配なく。
トレーニャーとしての義務を果たさず
このような醜悪な愚行に走った俺様を、
どうかお許しください。
いつか必ず、この埋め合わせはさせていただきます」
「お姉さまが家出……!?」
リリスが真っ先に、手紙の内容に反応した。
次にアキコがしんみりとこう言った。
「……バカねぇ。
埋め合わせだなんて。
私たちはニャツキちゃんから貰ってばっかりなんだから、
もっと自分のことを優先しても、
誰も怒らないのにね」
「はい。けど……不可解ですね」
ヒナタが疑問を口にした。
「あいつはトレーニャーとして、
自分の育成に自信があったはず。
それが急にこんなことを言い出したってことは、
何か不安要素が出てきたんでしょうか?」
一年以上、ニャツキはずっと同じようなトレーニングをこなしていた。
ねこ王杯の前になっても、彼女のやり方は変わらなかった。
揺らがなかった。
それだけトレーニングメニューに自信があったということだろう。
その結果として、キタカゼ=マニャにも勝った。
Sランクレース優勝という偉業を果たした。
だというのに、どうして今になって揺らぎを見せたのか。
ヒナタには見当がつかなかった。
「ひょっとして……」
リリスが何かに思い当たった様子を見せた。
「知っているのか? ニャカメグロ」
「確信はないですけど。
お姉さまはカゲトラさんのことで
焦ってるんじゃないでしょうか?」
「カイ? あいつがどうしたんだ?」
「彼女はウェイトトレーニングを始めてから、
みるみると力を伸ばしています。
お姉さまと比べても遜色がないくらいに。
自分の勝利が脅かされたと思ったのかもしれません」
「そうか」
カゲトラの才能の凄さは、ヒナタもよく知っている。
そして最近の彼女は、さらに実力を伸ばしているらしい。
ニャツキが不安視してもおかしくはないと思うが……。
「けど、昨日の晩の段階だと、
そこまで焦ってるようにも見えなかったけどな。
あれは空元気だったのか……?」




