2の46の1「ヒナタと賭け」
「気に障りましたか?
ヒニャタさん。
……その光の走りとやら、
俺様と目指せば良いのではないのですか?
俺様は、宇宙でいちばん速い猫です。
特別な走りを体現できる素質も、
いちばんに備えていると思うのですが?」
ニャツキは自分には、一つだけ欠点があると思っている。
レースに有用なカースを持っていないことだ。
だがヒナタが言う光の走りには、カースは関係がないらしい。
それならば、他の猫にできることは、自分にもできるはずだ。
カゲトラの存在を心の片隅に追いやりつつ、ニャツキは自信を見せたが……。
「悪いが、おまえには無理だと思う」
ヒナタの返答は、ニャツキにとって冷たいものだった。
「どうして……?」
自分は他の猫よりずっと速いのに。凄いのに。
ヒナタはどうしてそんなことを言うのか。
ニャツキには本気でわからなかった。
バカにするでもなくマジメに、ヒナタはこう答えた。
「おまえは凄い猫だが、
一つだけ欠けているものがある」
カッとなって、ニャツキは語気を強くした。
「完璧な俺様に、欠けているものなどありません!」
「おまえには、パートニャーシップが欠けている」
「…………!」
「周りと壁を作り、
自分ひとりで完結しようとするおまえには、
強いパートニャーシップを育むことはできない。
これは俺の推測だが、
光の走りには、
パートニャーシップが必要不可欠だ。
だからおまえは、光の走りに到達できない」
「っ! 好きでこんなふうになったんじゃないッ!」
「ハヤテ……。
昔に何かあったのか?
それで周りに壁を作ってるのか?」
……ヒナタに全てを話したいという気持ちはある。
だがそうするには、ニャツキには勇気が足りていない。
よっぽどのきっかけがないと、前世の話なんてできない。
「……いけませんよヒニャタさん。
乙女の秘密を、そう軽々しく聞きだせるなどと思うのは。
そうだヒニャタさん。
賭けの条件を変更しましょう。
ねこ聖杯で俺様が負けたら、
俺様の恥ずべき過去を話すというのはいかがですか?」
高いハードルを設定してしまった。
自分は必ず勝つ。
だからきっと、ねこ聖杯を戦っても、全てを話すことにはならないだろう。
ニャツキは暗い気持ちでそう思った。
「俺が人生プランを強要されるってことと、
おまえの恥ずかしい秘密とやらが、
つりあってるとは思わんが」
「とても勇気が要ることなのですがね。
俺様にとっては。
まあ、そちらの条件も変更しましょう。
専属になれとまでは言いません。
俺様が勝ったら以降のレースでは、
俺様のことを優先してください。
俺様を傷つけたと思っているのなら、
それくらいなら譲歩してくださっても構わないでしょう?」
「Sランクレース以外なら、
日程をずらせば問題はないか。
賭けの内容にニャカメグロが納得するなら、
受けても良いぞ」
「リリスさんには俺様から説明しておきますよ。
どちらが勝っても恨みっこナシ。
良い勝負をしましょう。
……仲直りの握手でもしますか?」
仲直りという言葉にほっとしたのか、ヒナタの表情がほころんだ。
「おう」
がっしりと握手をして、ヒナタはこう言った。
「それじゃ。負けねえからな」
「こちらのセリフです」
握手が終わると、ヒナタはニャツキから離れた。
そして一人でコースの外へと歩いていった。
「ふぅ……」
歩きながら、彼は安堵のため息を吐いた。
(ついキツイことを言って
危うくケンカになりかけたが、
なんとか機嫌を直してくれたみたいで良かった。
ギスギスしたままレースなんて嫌だからな。
しかし……ハヤテの過去か。
それを吐き出すことが、
あいつにとって何かのきっかけになれば良いんだがな)
ニャツキは内面に、闇を抱え込んでいるようだ。
それを乗り越えられれば良いがと、ヒナタは思った。
一方、コースに残ったニャツキは……。
「ふ……ふふふっ」
今までの不機嫌が嘘のように、楽しげに笑い声を響かせた。




