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「……何ですか?」
ニャツキはツンとヒナタを睨んだ。
「ちょっと話をさせて欲しい」
「俺様にはべつに話すことなどないのですけど?」
「頼む」
そうマジメに頼まれては、断るのは難しい。
ニャツキはヒナタと話すことに決めた。
「……わかりました。
カゲトラさん。先にホテルに行っていてください」
「うん」
ニャツキとヒナタの緊張感に気付いていないのか。
カゲトラは、のんきな足取りで去っていった。
カゲトラの気配が消えると、ニャツキのほうから口を開いた。
「……それで話というのは?
リリスさんを選ぶという愚行を、
考え直すつもりになったのですか?」
違うだろうなと思いつつ、ニャツキはそう尋ねた。
願望が産んだ質問というわけではない。
おまえは間違っているんだぞ。わかっているのか。
そんな気持ちをヒナタにぶつけたかったのかもしれない。
「そうじゃないが」
「だったら何だというのですか」
「俺はおまえに、自分の考えを話さずに来た。
いきなりおまえの期待を裏切って、
調子を崩すようなことをして、
悪いと思ってる。すまん」
ヒナタは深々と頭を下げた。
「頭を上げてください」
「……もう怒ってないか?」
怒っている。
怒っているに決まっている。
だが、その怒りに正当性がないことに、ニャツキは気付いている。
自分は理不尽と化しているのだと、ニャツキは気付いている。
理不尽を醜悪だと思う感性も、ニャツキの中には存在している。
自分の中の醜悪を容認したくはない。
中途半端な理性は、ニャツキの表面を理性的にした。
ヒナタとの問題を、合理的に解決しなくてはならない。
ニャツキは落ち着いた表情で口を開いた。
「客観的に見て、
あなたが悪事を働いたというわけではありません。
ただすれ違いがあったというだけのこと。
大げさな謝罪をしてもらう理由など存在しません。
ですが……あなたの秘密主義に
うんざりさせられたのも事実です。
悪いと思っているのなら、
ひとつ願いを聞き届けてもらいましょうか」
「メシでもおごるか?」
「俺様と賭けをしてください」
「いいぜ。何を賭ける?」
「ねこ聖杯で俺様が勝ったら、
あなたには俺様の専属ジョッキーになってもらいます。
もし俺様が負けたら、
あなたの言うことを何でも何度でも聞いてさしあげましょう。
……えっちなお願いでも良いですよ」
「そいつは魅力的だが、断らせてもらう」
本当に魅力的だと思っているのか怪しい口ぶりで、ヒナタは勝負を拒否した。
「どうして?」
「俺には俺の夢がある。
そのためにジョッキーをやってるんだ。
賭けの対象にできるようなもんじゃない」
「……何なのですか? その夢というのは」
「『光の走り』だ」
「光……?」
ニャツキは表情に疑問を宿し、ヒナタの言葉の続きを待った。
「猫の走りには先がある。
俺は昔、一度だけその走りを見たことがある。
あの走りを再現して、みんなに見せたい。
それが俺の夢だ」
「ジョッキーとして
歴史に残るような名勝負を演じたい。
そういうことですか?」
みんなが眩く感じるような、華々しい名ニャの走り。
そういうものを光と例えたのかと、ニャツキは思った。だが。
「違う。比喩的な表現じゃないんだ。
本当にあるんだよ。光り輝く走りが」
「レース中の猫なんて、
常に光っているようなものではないですかね?
強化呪文で」
「そんな弱い光じゃない。
もっともっと、強く輝くんだ。そして輝く道を行く」
「光属性のカースですか?」
「違うよ」
「……釈然としないところもありますが、
あなたの目的はわかりました。
ですがそれが、
俺様を拒む理由になるのですか?」
「拒むって……感じ悪いな」




