2の45の1「ニャツキと表層的冷静」
猫を信頼し励ますのがトレーニャーの役目ではないのか。
ニャツキの軽率な言葉に、ヒナタが怒りを向けてきた。
ニャツキの口が悪いのはいつものことだ。
いつもならこれくらいじゃ怒らないはずなのに……。
ニャツキは動揺し、ぼそぼそと弁解をした。
「っ……べつに……リリスさんを愚弄したかったわけではありません。
ただ……宇宙最速の俺様と比べれば、
どんな猫だって遅いと……一般論で……」
そのときヒナタは、何かに気付いたような表情を見せた。
「おまえ……ニャカメグロの前のレースを見てないのか?」
「そうですけど。いけませんか?」
「去年の今ごろは、
レース場まで行ってあいつを応援してたのにな」
「責めるつもりですか?
俺様は忙しいんです。
ちょっとレースを見られないくらい、
仕方がないではありませんか」
「べつに責める気はねえよ。ただ……」
「ねえねえ、この話、いつまで続くの?」
薄暗い雰囲気に痺れを切らしたのか、カゲトラが口を開いた。
「もうおしまいですよ。
今日はタイムを測ることにしましょう。
それでは。ヒニャタさん」
ニャツキはヒナタに背を向けて、食堂から去っていった。
「……だいじょうぶかしら?」
今まで事態を傍観していたオモリが、ヒナタに向かってそう言った。
「クライシ?」
「今回のことがレースに響かないと良いけれど」
ヒナタはオモリの言葉から、何かチクリとしたものを感じた。
それを振り払うように、ヒナタはオモリにこう言った。
「だいじょうぶだろ?
あいつは凄い猫だ。
ちょっとジョッキーが代わったくらいで」
「ちょっとジョッキーが代わったくらい……ね」
オモリの思わせぶりな態度に、ヒナタはすぐに食いついた。
「何だよ?」
「千歩ゆずって、
ニャヴァールさんの能力が
あなたと遜色ないということにしましょうか。
けど、能力だけの話ではないのよ。
トレーニャーさんにはショックだったと思うわ。
ずっとあなたと上手くいっていると思っていたのに、
それが幻だったとわかったなんて。
……男のあなたには、ピンと来ないことかもしれないけれど」
「俺はべつに、あいつを嫌っちゃいない」
「トレーニャーさんは、
あなたとねこ聖杯を走れると信じていた」
「どうしろってんだよ?
俺にニャカメグロを諦めろって言うのか?」
「そこまでは言わないけれど。
あなたはトレーニャーさんと、
もっと対話を重ねるべきだったのかもしれないわね。
パートニャーなのだから」
「あいつが俺を、お荷物だって言ったのに」
平均程度の腕があれば誰でも良い。
操猫など必要ない。
強化呪文だけかけて、黙って座っていれば良い。
ジョッキーにケンカを売るようなことを言ったのは、ニャツキのほうだ。
誰でも良いと言ったから、代わりのジョッキーを用意してやった。
平均よりずっと上のジョッキーを。
そのために頭も下げた。
それで文句を言う筋合いが、ニャツキに有るとでも言うのか。
「トレーニャーさんに非がないとは言わないわ。
むしろ悪いのは、トレーニャーさんのほうなのかもしれない。
けどあなたは、
猫が悪いからで終わらせるジョッキーではないでしょう?」
「俺はスーパーマンじゃねえってのに。
……けどまあ、もうちょっとあいつと話してみるよ」
食堂から去るヒナタの背に、オモリが声をかけた。
「がんばってね」
……。
練習用コースを、カゲトラが一人で走っていた。
コースのスタート地点の近くで、ニャツキがストップウォッチを手にしていた。
カゲトラが前を走り抜けると、ニャツキはストップウォッチを押した。
ニャツキの視線が、ストップウォッチの文字盤へと向けられた。
「っ……」
「どうだった?」
ニャツキの所に戻り、カゲトラはそう尋ねてきた。
「……順調ですよ」
ニャツキは笑みをつくって答えた。
「良かった。このまま行ったらニャツキにも勝てるかな?」
「それは……どう……ですかね……?」
「そう? まあがんばってみるよ。
今日はもう帰っても良い?」
「はい……いいえ」
「どっちなのさ?」
「サボってはいけませんよ。ホテルに戻ったら、
いつものようにトレーニングです」
「はーい」
ニャツキの許可がおりたので、カゲトラは更衣室に向かおうとした。
そのときヒナタが現れて、ニャツキに声をかけてきた。
「ハヤテ」