2の43の1「ヒナタと剣」
「あっ……!」
蔦らしきものが、ジョッキーに素早く絡みついた。
蔦はジョッキーを持ち上げて、コース外に放り投げてしまった。
コースアウト。落ニャ。つまり失格だ。
「えっ……」
突然のことに、セイラは呆然とした。
ジョッキーとその強化呪文を失ったことにより、彼女は減速した。
後ろのニャ群に呑まれ、レースから脱落した。
(あの、何が……?)
状況が見えていなかったリリスが、ヒナタに不安を向けた。
「心配するな。
何も起こってないし、何も起こらねえよ。なあ、1番ニャン気」
ヒナタは好戦的な笑みを浮かべ、後ろの猫に眼光を向けた。
……今回のレースでは、リリスは4番ニャン気。
セイラは3番ニャン気で、ミストが2番ニャン気だった。
「…………」
青緑色の猫、ツルマキ=ジュジュが、ヒナタの眼光を受け止めた。
「さあ来い。『ジョッキー殺し』」
(何だか不穏な言葉が!?)
(何でもねえっての)
リリスの不安げな念を、ヒナタはさらりと流した。
いま彼の集中力は、後方のジュジュへと注がれている。
そしてジュジュの意識もまた、ヒナタへと向けられている。
いまジュジュから意識を逸らすわけにはいかない。
集中力の欠如は、即座に敗北へとつながる。
ヒナタは背後から来るプレッシャーから、そう直感していた。
(『樹殺-じゅさつ-』)
ジュジュが内心で、カース名を唱えた。
彼女のそばの地面から、鋭く蔦が伸びた。
「風刃」
ヒナタは超高速で呪文を唱えた。
風の攻撃魔術が、迫る蔦を切断した。
ジュジュがかすかな驚きを、その表情に宿した。
「ジョッキーが攻撃魔術を……。
賢者の天職……?
けど、攻撃魔術の燃費は、
私のカースほど優秀ではないはず。
お互いに技を撃ち続ければ、あなたが先に音を上げる」
「そうかもな。
だったら、こんなのはどうだ?
岩刀-ガント-」
ヒナタは次の呪文を唱えた。
ヒナタの手に、石の剣が出現した。
不安定なはずの体勢で、ヒナタは揺るがずに剣を構えた。
ヒナタから向けられた闘気に、ジュジュは冷静を返した。
「後衛職がふるう剣に、
私のカースは防ぎきれない」
ジョッキーは猫を援護するため、後衛職の加護を持っている。
前衛職が得意とする接近戦は、ジョッキーの得意ではない。
そのはずだが。
「試してみろよ」
ヒナタは自信ありげに微笑んだ。
S字カーブが終わると、前方に右100度のコーナーが見えた。
それを曲がるとすぐ、左130度の急コーナーに入った。
コーナーを走り抜けた一行は、最後の直線に入った。
ジュジュが蔦を生み出し、ヒナタに攻撃をしかけた。
二度、三度、四度。
並のジョッキーでは対処できない、超音速の連撃。
ヒナタの剣が、その全てを切り払った。
「…………!」
研ぎ澄まされた攻めが、全ていなされた。
これが後衛職がふるう剣か。
ジュジュは明瞭な驚きの表情を浮かべた。
「これくらい出来なきゃ、
オーストニャリアじゃ生き残れないぜ」
(これがSランクジョッキー。
全てのジョッキーの頂点。
常識が通用しない怪物。
それなら……)
ジュジュは強引に速度を上げた。
彼女とヒナタの距離が縮まっていく。
(ジョッキーからの直接攻撃は禁止されている。
距離を詰めれば
一方的に攻められる私が有利なはず……!)
「この距離なら……!」
私のカースに反応することはできないだろう。
ジュジュはそう考え、ヒナタへの攻撃を再開しようとした。だが。
「悪いが、時間切れだ」
ヒナタがそう言うのと同時。
「『華花絢爛-かかけんらん-』」
リリスがカース名を唱えていた。
「っ……!?」
リリスの周囲で、強化呪文の花々が輝いた。
リリスが急激に加速した。
ヒナタに伸びていた蔦が、目標に追いつけず空を切った。
「スパートの距離に入った。
もうおまえじゃあ、俺たちには追いつけねえよ。じゃあな」
みるみると、両者の距離が離れた。
リリスが蔦の射程外に出た。
ジュジュは追いかけようとするが、距離が縮まらない。
走りの格が違う。
(速い……?
違う。速すぎる。勝てない。
このままじゃ……)
走りや通常のカースでは、もうリリスには追いつけない。
勝てない。負ける。
そう悟ったジュジュが、ぼそりと呟いた。
「……開庭」




