2の42の1「セイラと恨み」
「何を白々しい……!
私があなたを許すとでも思っているのか……!」
冗談ではない、本気の敵意を向けられている。
そう感じたヒナタは、笑みをひっこめてこう尋ねた。
「えっ……マジで俺、なんかしたか?」
「忘れたと言うのか……!?
私にあれほどのことをしておいて……!」
セイラはいっしゅん呆気に取られた後、すぐに怒気を取り戻した。
「うわー最低。キタカゼ=ヒナタ最低」
事情を知らないリリスは、とりあえずヒナタを煽ることにしたようだ。
「俺が何したってんだよ!?」
「本当に忘れたというのか……!?
ならば聞かせてやろう! あれは1年前……」
……。
現在より1年ほど前。
リットートレーニングタウンの、とあるねこセンターの前。
「頼む。俺のパートニャーになってくれないか!」
キタカゼ=ヒナタが、必死な様子でセイラに声をかけた。
「えっ……それってどういう……」
「言葉どおりの意味だ」
「っ……そんなこと急に言われても……。
あの、あなたのお名前は……?」
「キタカゼ=ヒナタだ」
「ヒニャタさま……」
「それで、どうだ?」
ヒナタの力強い視線が、セイラを動揺させた。
「っ……ぁ……ちょっと考えさせて欲しい!」
居心地わるく感じたセイラは、ねこセンターに逃げ込んでしまった。
「……今回もダメだったか」
断りの言葉をもらった。
いつものように、また猫にフラれてしまった。
そう判断したヒナタは、目を細めて後頭部をかいた。そのとき。
「ヒニャタさん」
どういう都合でここを通りかかったのか。
ニャツキがニャコニャコと、ヒナタに声をかけてきた。
「奇遇ですね。
どうですか? ナンパの調子は」
「スカウトだっての。
調子のほうは、まあ、いつもどおりだ」
ヒナタが渋い顔を見せると、何が楽しいのか、ニャツキは笑いを漏らした。
「にゃふふふふふふふ」
「ニャーニャーしてんじゃねえよ」
人の不幸がそんなに嬉しいか。
ヒナタは躊躇なく、不埒な猫にデコピンをかました。
油断があったのか、ニャツキはおでこの中央に一撃を受けた。
「ふにゃっ!?
乙女の柔肌に、いきなり何をするのですか。
傷がついたら責任を取ってもらいますよ」
「これくらいで傷がつくタマかよ。おまえが」
相手が普通の猫であれば、ヒナタもこんなことはしない。
ニャツキのバケモノじみたフィジカルを考慮しての一撃だった。
「わかりませんよ?
それはそうと、せっかくこうして出会えたのですから、
一緒にお昼でもいかがですか?」
「そうだな。行くか」
「混むといけませんからね。急ぎましょう」
ニャツキはヒナタの手を取って、ぐいぐいと引っ張っていった。
「いちいち引っ張るなよ」
数分後。
気持ちの整理をつけたセイラが、ねこセンターから姿を見せた。
そして目をぎゅっと閉じ、ヒナタが立っていた位置に向かってこう言った。
「あのっ! ふつつかものですが、よろしくお願いします!」
だが、そこにヒナタの姿はなかった。
「えっ? あれっ? ヒニャタさま?」
周囲を見るが、ヒナタはどこにも見当たらない。
「えっ…………」
呆然と状況を咀嚼した後、セイラはとぼとぼと、ねこホテルに帰還した。
……。
セイラの昔話が終わった。
直線が終わり、一行は右90度のコーナーに突入した。
軽快にコーナーを曲がりながら、セイラは声を張り上げた。
「己の罪を思い出したか!
よくも乙女の純情を弄んでくれたな!
あの悲しみを背負い、
私は強くなった!
ここであなたを成敗してやる!」
「うわー最低。キタカゼ=ヒナタ最低」
リリスはテンションが落ちたダウナー系の口調で、ヒナタを非難してきた。
「っ……そういうこともあったかもしれんが……!
断られたと思ったんだよ……!」
気まずい顔で、ヒナタはリリスを操猫した。
左100度のコーナーを曲がり、右80度のコーナーを曲がると、直線に出た。




