2の41の1「リリスとランカー」
「俺が……勝ちたがり……」
「そうですよ。おバカさん。
あなたの目的というのが何なのかは知りませんが、
あなたの内にある熱量が、
パートニャーを裏切ることはありません。
あなたは今のままで、
目標を追いかけていけば良いんです」
「ニャカメグロ……」
「はい」
「なんか、ありがとな」
「べつに感謝されるようなことをした覚えはありません。
さあ、走りに行きますよ。
コースに脚を慣らさなくては、
勝てるレースも勝てませんからね」
「待てよ。チェックインと夕食が先だ」
ヒナタのチェックインが済むと、一行はレストランで食事をとった。
そして少しの休憩を挟み、レース場へと向かった。
ヒナタとリリスは夜のコースを走り、心身に馴染ませていった。
走りながら、リリスが口を開いた。
「キタカゼ=ヒナタ」
「ん?」
意識の半分を走りに割いたまま、ヒナタはリリスの言葉を待った。
走りのキレを衰えさせることなく、リリスはこう言った。
「いつか私たちで、
タケベさんを倒してやりましょう。
それで言ってやりましょうよ。
凄い猫じゃなくっても、
俺はおまえに勝てるんだぞって」
「いや……それは無理だろうな」
リリスとのあいだに齟齬を感じ、ヒナタはそう言った。
「何ですか? 弱気ですか?」
「いや。おまえも凄い猫だからさ。
おまえに乗って勝っても、
俺の手柄にはならねえよ」
「キタカゼ=ヒナタッ!!!」
しかめっつらで大声で、リリスはヒナタの名を叫んだ。
予想外の大声に、ヒナタは困惑を見せた。
「えっなに?」
「噛みますよ?」
「何でだよやめろよ」
……。
走りの手応えを掴み、二人はホテルに戻った。
その翌日。
時刻は昼過ぎ。
チューキョー競ニャ場の控え室。
「今日はランカーが多い。
手強いレースになるだろう。
逆に言えば、勝てばねこポイントががっぽりってことだ。
気合をいれていこうぜ」
長椅子で隣り合って、ヒナタがリリスを激励した。
「はい……!」
リリスは真剣な表情をヒナタに返した。そのとき。
「あなた」
猫がヒナタに声をかけてきた。
「ん?」
ヒナタが声のほうを見ると、テンジョウイン=ミストが立っていた。
「ハヤテ=ニャツキのジョッキーの方ですね?
ねこ王杯では失策で遅れを取りましたが、
今回は負けませんわよ」
「こっちも負ける気はないぜ。
良いレースをしよう」
ヒナタは椅子に座ったまま、ミストに手を差し出した。
ミストはそれに応じ、ヒナタと柔らかく握手をした。
「ええ。それでは」
手を離し、リリスには声をかけず、ミストは去っていった。
そんなミストの背中を見て、ヒナタはニヤリと笑った。
「あいつ、おまえには興味がないってよ。
見る目がなかったってわからせてやろうぜ」
「けどあの人……お姉さまを苦戦させた猫ですよね? 格上です」
「たしかに、あいつのカースはちょっとしたもんだがな」
「やっぱり……私なんかじゃ……」
リリスがいつものように弱気を見せたとき。
「ナ、アイドゥウィン」
勝つさ。
つたない発音でヒナタが言った。
ヒナタはオーストニャリアからの帰国子女だ。
訛りはあるかもしれないが、英語に堪能なはず。
わざと下手に発音したのかもしれない。
「死亡フラグっぽく言わないでください」
リリスはじとりとヒナタの端整な顔を見上げた。
対するヒナタは、ずっと余裕の笑みを浮かべていた。
「そう縮こまるなよ。
おまえがいちばん速い」
「あなたはそんなことばっかり言って……」
リリスの眉根が下がった。
ヒナタは眉根を上げてこう尋ねた。
「信じられないか?」
「信じられませんね」
ツンとした顔で、リリスはそう言い切った。
そしてヒナタとは逆方向を見て、こう続けた。
「けど……。信じられるように努力はします」




