2の40の1「ヒナタと勝ちたがり」
「ボウズ。おまえは良いジョッキーだよ。
レースを組み立てる頭があって、
呪文の精度が高くて、
操猫も上手い。
ニャホン全体でも、十指くらいには入るかもしれねえな。
……けどな。
スパートが遅いジョッキーは、
完璧なジョッキーとは言えねぇんだよ! 若造ッ!」
フミヤが魔力を燃え上がらせた。
ヒナタも対抗しようとしたが、魔力の勢いに差があった。
ついにシマコが、先頭のスミレを追い抜いた。
(フジノの脚は、タケベさんの猫に負けてないはずなのに……!
ここまで……ジョッキーのパワーで……
ここまでの差がつくのか……!)
「これが……Sランクジョッキーの力……」
シマコが1着でゴールを抜けた。
3ニャ身差でスミレがゴール。
それから7ニャ身遅れて、アカネがゴールした。
(負けた……)
カースを縛って勝て。
クライアントの要求を、ヒナタは果たすことができなかった。
レースを終えたヒナタは、スミレに乗ったまま装鞍所に向かった。
その途中で、ヒナタは謝罪した。
「ごめん。勝てなかった」
「そんな。キタカゼさんのせいじゃないですよ。
完璧な操猫だったと思います。
最後に、私の脚がもっと伸びていたら……」
どこか焦ったような口調で、スミレがフォローを入れた。
「いや。フジノは速かったよ。
この結果は、俺とタケベさんの差だ」
「いえ。私が……」
「俺だよ」
きっぱりとそう言われ、スミレは黙った。
「…………」
「…………」
ふたり黙ったまま、装鞍所へとたどり着いた。
すると装鞍室の近くに、オーナーのイワサキ=カイトが立っているのが見えた。
ヒナタは鞍からおりて、カイトと向かい合った。
「負けました」
ヒナタは淡々と、カイトに結果を告げた。
対するカイトも、淡々とした口調でこう言った。
「ああ。申し訳ないが、
きみにフジノくんの騎乗を頼むのは、
今回かぎりとなるだろう」
「……はい」
少しだけ表情を苦くして、ヒナタはカイトの言葉を受け入れた。
「えっ? えっ?」
スミレだけが、どこかに取り残されたかのように、疑問符を散らしていた。
「それでは失礼します」
一礼して、ヒナタはこの場から立ち去ろうとした。
それをスミレが呼び止めた。
「待ってください……!
どうしてそうなるんですか……!?
キタカゼさんの騎乗に、
悪いところはなかったと思いますけど!?」
混乱するスミレの問いに、カイトが答えた。
「そうだな。
彼に目に見えるミスはなかった。
完璧な騎乗だったと言っても良い」
「だったら……」
「ミスもなかったのに負けたということは、
それが彼の限界だということだ。
あの身長であれだけの強化ができるということは、
天職レベルも限界まで上げているんだろう。
その若さでたいしたものだが。
キタカゼくんの実力は今で完成されていて、
その先はない。
そして彼の100%は、タケベさんには及ばない。
荒削りのジョッキーを育てたほうが、
まだ可能性はある」
「楽しかったんです。
キタカゼさんの操猫で走れて、私は……」
「残念だが、楽しいだけでは勝てない」
「っ……」
「ありがとう。フジノ」
そう言い残して、ヒナタはスミレに背を向けた。
彼の背中を、スミレは呼び止めた。
「キタカゼさん!」
「ん?」
ヒナタは上半身だけで、スミレに振り返った。
「またいつか、私の鞍に乗ってください!」
「そうだな。またいつか」
どこか距離感のある笑みを浮かべて、ヒナタは更衣室に入った。
そして部屋のドアに背中を預けた。
「勝つのが嬉しいとは限らないが、
負けるってのは悔しいもんだな。やっぱり」
アスリートとして生きていくなら、今後なんども同じ気持ちを味わうだろう。
ありふれた敗北の苦味を、ヒナタは噛み潰していった。




