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「ねこ王じゃあしてやられたが、今回はそうはいかんぜ」
Sランクジョッキー、タケベ=フミヤが同じレースに出る。
先日のヒナタは、携帯の小さな画面からそれを知った。
「……そんなこと思ってないでしょう」
「うん?」
「俺にしてやられたなんて、あなたは思ってない。
俺はあのレースで、
ジョッキーとして誇れるようなことは、何もしてないんだから。
猫が逆だったら、自分が勝った。
そう思ってるんでしょう?」
ねこ王杯は、ヒナタとフミヤの勝負ではなかった。
ニャツキという規格外の猫が、好きに走って勝った。
それがヒナタにとってのあのレースの全てだ。
「さてな。
もしそう思ってたとしても、
いちいちそれを口に出すのはヤボってもんだ。
ジョッキーなら、レースで結果を見せねえとな」
「今回も、俺の猫のほうが速いと思います」
「そいつは好都合だ。
じゃあな。楽しみにしてるぜ」
余裕の笑みと共に、フミヤは去っていった。
(やる気じゅうぶん。手強そうだ。
タケベさんの猫よりも、
フジノのほうがちょっとだけ速いと思うけど、
楽観できるほどの差があるわけでもない。
気をつけないといけないけど……。
今回のレースで警戒する必要があるのは、
タケベさんだけじゃない)
そう考えて、ヒナタはよその猫を見た。
(一番人気、ニシゾラ=アカネ。
見た感じ、今日のレースだと、あの猫がいちばん速い。
俺たちはカース抜きで、
あの子を崩さなきゃならんわけだ。
……自分たちより速い猫に、横綱相撲で勝てって?
むちゃを言ってくれる。
けど、イワサキさんがそう言った理由はわかる。
俺がねこ王杯で勝ったからだ。
名実のジツはともかく、
メイの点において、俺はジョッキーの頂点に立った。
Sランクジョッキーになった。
だからイワサキさんは、俺を試そうとしている。
俺にジョッキーとして非凡な何かがあるのか、
確かめようとしてる。
ったく……速すぎる猫のせいで、肩の荷が重いぜ。ハヤテ)
苦笑するヒナタに、スミレが話しかけてきた。
「あのっ、キタカゼさん」
「ん?」
「あのタケベさんとお友だちなんですね」
「友だちってほどじゃない。
あの人はマニャねえのジョッキーだったから、
それで何回か会ったことがあるってくらいだ」
「けど、堂々と話してましたね。凄いですね」
「話すくらい、べつに凄くないと思うが……」
「凄いですよ」
スミレは素質はあるようだが、まだ下積みの猫だ。
業界のトップを走るフミヤは、天上人のようにも思えるのかもしれない。
ヒナタは他人に対し、あまり物怖じするタイプではない。
スミレが言っていることに、あまりピンと来ない様子だった。
「凄いかなぁ」
そのとき。
「ヒナタくん」
別の女性が、ヒナタに声をかけてきた。
「フクヤマ。外注か?」
現れたのはホテルヨコヤマのジョッキー、フクヤマ=ノリコだった。
前にニャツキとカゲトラの小競り合いのとき、ヒナタと競い合った相手だ。
「うん。外の仕事だけど……。
あんまり調べず受けちゃったせいで、
相手にタケベさんが……」
どうやらノリコも同じレースを走るようだ。
明らかに格上のジョッキーと走ることに、プレッシャーを感じているらしい。
「ご愁傷様。それと久しぶり」
「久しぶりって、ねこ王杯のときに会ったでしょ?」
ねこ王杯のとき、ノリコはカゲトラのジョッキーだった。
ニャツキが圧倒的だったため、二人の間での駆け引きはなかった。
だがノリコに大きなミスはなく、そつのない騎乗をこなしていたようだ。
「顔は見たけど、話はしなかっただろ」
「……うん。あのときは緊張してて、話すどころじゃなかったよ」
「そっか。ねこ王杯2位、おめでとさん」
「イヤミか~? 1位め」
「俺はべつに、速い猫に乗ってただけだから」
「そんなの、私だってそうだよ。
なのに実力以上に注目されちゃって、たいへん」
「俺も。おかげで次の仕事につながったから、
恨みごとを言える立場でもないんだけどな」




