2の37の1「マニャと地下室」
「亡くなったんだよね? そのトレーニャーさん」
マニャというスターに対する悪役は、マスコミの格好の標的だった。
娯楽の対象として、ミカガミ=ナツキは幾度となく消費されていった。
直撃世代ではないカゲトラですら、彼をよく知っているくらいに。
知っているといっても、それは作り出された架空の姿でしかなかったわけだが。
テレビが謳うナツキ像に、今までのカゲトラは、疑問を抱いたこともなかった。
デタラメだらけのテレビの内容にも、一つだけ間違いのない真実があった。
ナツキは殺されて、もうこの世には居ないということだ。
「ええ」
マニャは頷いた。
「私のファンだって人に殺されたの。
そのときのトレーニャーさん、
お酒を飲んでたんですって。
昼間なのに。
ショックから立ち直れなかったのよ。
しらふだったら、
トレーニャーさんがそのへんのやつに負けるはずがなかったのに。
……私が殺したのといっしょだわ」
マニャはそう言うと、ネコミミをぺたりと伏せた。
「話はわかったよ。
けどどうして、今になってそんな話をしたの?」
「あなたは私の後継者だから」
「力不足だと思うけどね。
ねこ王はニャツキに取られちゃったし」
ねこ王杯で、カゲトラは2着だった。
まずまずの成績だと言えなくもない。
だが、1位のニャツキとのあいだには、数字以上の大きな差があった。
コハクのタックルがなければ、マニャに勝てたかも怪しい。
自分は絶対王者を継ぐほどの存在ではないと、カゲトラは思っていた。
対するマニャは、疑いのない瞳でこう言った。
「あなたにはまだ、潜在能力が眠っているわ」
「だと良いけど。
それで? 後継者だったら何なの?」
「来て。
リョクチャも、見たかったら見ても良いわよ」
マニャが部屋を出たので、カゲトラたちも後に続いた。
廊下を歩いていくと、その先に下り階段があった。
階段をおりた先には、金属扉があった。
電子ロックのパスワードを入力し、マニャは扉を開けた。
三人は、扉の奥の部屋へと入っていった。
「えっと……トレーニング器具?」
その広い部屋には、トレーニング器具らしきものが並べられていた。
物々しい前フリのわりには、なんとも健康的な光景だ。
カゲトラは反応に困った様子を見せた。
「ええ。けど、ただのトレーニング器具じゃないわ。
これはミカガミ=ナツキが発明した魔導ウェイト。
そのレプリカよ。
あなたにこれを託すわ。
最速になりなさい。カゲトラ」
マニャはナツキを悪党として糾弾した身だ。
彼のトレーニングに関しても、否定的な意見を述べている。
そんな彼女がナツキ流の器具を所持しているとは。
ちょっとしたスキャンダルだと言えるだろう。
パスワード式の扉も、大げさなものとは言えないか。
カゲトラは納得を見せた。
「話はわかったけどさ、
ちょっと数が多すぎない?
どのマシーンをどれくらい使えば良いの?」
用意されている器具の数は、10を超えている。
その中には、魔導バーベルのようなわかりやすい器具も見られる。
だが多くの器具はカゲトラにとって、見たことすらない種類のものだった。
「それはトレーニャーさんに相談して……」
「どのトレーニャーさん?」
「…………」
「…………」
……。
「そういうわけで、よろしく」
ホテルヤニャギに、カゲトラが姿を見せた。
「どういうわけですか」
ロビーでニャツキが冷淡に、カゲトラに応対した。
「ニャツキはウェイトトレーニングに詳しいんでしょ?」
「どうしてそう思ったのですかね?」
「どうしてって、レースのインタビューで何度も言ってるよね?
キミが速いのはウェイトトレーニングのおかげだってさ。
周りの人たちは、
定番のジョークみたいに受け取ってるけど、
じっさいは本当のことを言ってるだけだよね?
ねこ王杯でマニャさんを煽ったときも、
トレーニングに詳しそうなこと言ってたしさ」
「なるほど。そこに気付くとは、やはり天才ですか」




