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2の36の1「カゲトラと豪邸」


 絶対王者のまさかの引退宣言に、サークルは騒然となった。



 混乱する聴衆を残し、マニャはサークルから立ち去ろうとした。



「待ちなさい!」



 ニャツキが怒ったような声で、マニャを呼び止めた。



 爛々としたニャツキの瞳に、マニャはさらりとした視線を返した。



「何かしら?」



「まだ俺様は、一度しかあなたを倒していませんよ……!」



「一度でじゅうぶんでしょう?


 私の壊れた走りでは、何度やってもあなたには勝てない」



「壊れたというのはどういうことですか!?」



 マニャの言葉を耳にしたインタビュアーが、強く疑問の声を発した。



「ほんとうの敗因は、故障ということなんでしょうか!?」



「違うわ」



「負けが悔しくないのですか?


 俺様を倒してやろうと思わないのですか?」



「悔しいけど、


 私のファイティングねこスピリットは、


 もう燃え尽きたわ。


 それに目的は果たした」



「目的……?」



「あなたには関係がないことよ。


 さようなら」



 そう言い残し、マニャはサークルから去っていった。



 多くの関係者が、マニャを追ってサークルから姿を消した。



 おかげで華々しかったはずのサークルは、なんとも閑散としてしまった。



 だが何事もなかったかのように、インタビュアーがニャツキに向かった。



「2年目にしてSランクレースに初出場初優勝、


 おめでとうございます。


 すばらしい走りでしたね。


 まずは今のお気持ちを聞かせてください」



 慣れた手つきで、インタビュアーがマイクを向けてきた。



 晴れ舞台に気負った様子もなく、ニャツキは堂々とこう答えた。



「まずまずといったところですね。


 俺様の宇宙最強を証明するためには、


 一度の勝利では物足りません。


 ねこ聖杯とねこ竜杯でも勝ってみせますよ」



「並々ならぬ気迫ですね。


 がんばってください」



 次にインタビュアーは、ヒナタにもマイクを向けた。



「それではキタカゼジョッキーにも、


 今のお気持ちをうかがわせてください。


 どうですか?


 ニャホン競ニャのトップに立たれたお気持ちは」



「俺はまあ、


 ハヤテのお荷物みたいなもんですよ。


 きょう勝てたのは、ぜんぶこいつの才能のおかげで、


 俺がジョッキーのトップに立ったとか、


 そういう気持ちは全くないですね」



「謙虚ですね。


 ですが競ニャの世界では、


 高い身長はハンデと言われています。


 それをものともせずに


 ランニャーのポテンシャルを引き出し、


 ねこ王の座を手にしたという事実は、


 歴史的な快挙だと思います」



「そうですかね。まあ、どうも」



 インタビュアーの賛辞を受けても、ヒナタの態度はそっけなかった。



「ヒニャタさんは謙遜なさっていますが、


 俺様があれだけのスピードを出せたのは、


 ヒニャタさんのおかげですよ」



「おまえ……」



 珍しく褒めてくるニャツキを見て、ヒナタは目を丸くした。



「みゃ」



「リップサービスが上手くなったなぁ。よしよし」



(本心ですけど!?)



 日頃の行いが悪かったのだろう。



 ニャツキの心からの褒め言葉は、ヒナタには伝わらなかったようだ。




 ……。




 インタビューを終えたニャツキたちは、装鞍所へ向かった。



 そこで小さく、破裂音が鳴った。



 オモリたち応援組の手に、クラッカーが見えた。



「おめでとう。トレーニャーさん」



 オモリの賞賛に、ニャツキは笑みを返した。



「ありがとうございます」



 身支度を整えて、一行はホテルに戻った。



 それからニャツキは、サクラの部屋を訪れた。



 下位で終わった彼女を、ねぎらいに来たのだった。



 ニャツキと対面したサクラの表情は、やはり少し暗かった。



「面目ないぜ。せっかくボスに鍛えてもらったのに、私……」



「よしよし」



 ニャツキは子供をあやすように、サクラを抱きしめた。



「にゃっ……」



 身長が低いサクラの顔が、ニャツキの胸にうずめられた。



「あなたはニャホンで12番目に速い猫なのですよ。胸を張ってください」



「ボス……」



「あねさん……!」



 何やら感極まった様子で、コジロウが後ろから、サクラに抱きついてきた。



「あっ、ウチも!」



 ムサシも横からサクラに抱きついた。



(苦しい……)



 自分よりも大柄な三人の猫に、サクラは圧迫されてしまった。



 その温かい苦しさは、敗北の苦さを少しだけ和らげてくれるようだった。




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