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「むう……それだけですか?」
もっと喜んでくれると思ったのに。
この喜びを分かち合えると思っていたのに。
ニャツキはヒナタに不満げな声を向けた。
するとヒナタは、軽く笑みを作り、ニャツキをねぎらった。
「それじゃあ……よくがんばったな。偉いぞ」
「いまいち気持ちがこもってないような気がします……。
あっそうだ。
敗者となったキタカゼ=マニャを煽りにいってあげましょう」
「やめとけよ。趣味わるい。ガキかよ」
「うるさいですね……。
俺様には彼女を煽る正当な権利があります」
「ねえよそんなもん」
ヒナタの言うことなど聞かず、ニャツキは体をターンさせた。
そしてコースの大外を逆走し、マニャの近くへと駆けていった。
すぐ近くまで来ると、ニャツキは意地の悪い笑みを見せた。
「キタカゼ=マニャ。ねえどんな気持ちですか?
見下してた新人ねこにタイトルを持っていかれて、
どんな気持ちなんですか?」
「……………………」
マニャはニャツキに、絶望的な表情を返した。
マニャの目から、ぽろりと涙が流れた。
「っ……」
彼女らしくもない弱々しさに、ニャツキは意表を突かれた。
もっと色んなことを言ってやろう。
散々に嫌味を言って、怒らせてやろう。
そう思っていたのに。
悲しげに泣くマニャを見ると、ニャツキの勢いはすっかり削がれてしまった。
とはいえ、泣かれたから許せるという関係でもない。
「……言葉もないようですね。いい気味です」
なんとか悪意を搾り出し、ニャツキはマニャから離れた。
「もう良いのか?」
ヒナタが鞍上からそう尋ねてきた。
「……言い返してこない相手を煽っても、
おもしろくありませんから」
「よしよし」
ヒナタがニャツキの頭を撫でると、ニャツキはとろんとした表情になった。
「みゃぁ……」
「さて、ウィニャーズサークルに行くか」
(……だいじょうぶかな。マニャねえ)
とぼとぼと歩くマニャへ、ヒナタはちらりと振り返った。
そのときカゲトラが、マニャに声をかけた。
「だいじょうぶ? マニャさん」
「…………」
マニャは力なく、何も答えない。
それでカゲトラは、再び彼女に声をかけた。
「ねえ、マニャさんってば。
……1位になれなかったことがそんなに悲しいの?」
「……どうでも良いわ。ねこ王なんて」
「だったら何?」
「お金が欲しかったの」
「ふーん? 何か欲しいものでもあるの?」
「ええ。なさけのない顔を見せたわね。
ごめんなさい。
だいじょうぶよ」
後輩に気を遣わせるべきではないと思ったのか。
マニャは表情を前向きに切り替えてみせた。
「できれば自力でなんとかしたかったけど、
レンにお金を貸してくれるように頼んでみるわ」
「ボクが貸してあげようか?」
「え……?」
「マニャさんの旦那さんに
こういうこと言うのも悪いけど、
ボク、あんまりレンさん好きじゃないんだよね。
あのひとに頭を下げてるマニャさん、
あんまり見たくないかも」
「100円貸せって言ってるんじゃないのよ?
わかってるの?」
「それくらいわかってるよ。
ボクってあんまりお金に興味ないし、
マニャさんは恩人だからさ」
「……ありがとう。カゲトラ」
マニャはカゲトラに身を寄せて、頬と頬をすりあわせた。
「にゃはは……こんなマニャさん初めてかも」
黒い毛皮がなければ、カゲトラの頬は真っ赤に染まっていたかもしれない。
……。
ニャツキたちは、ウィニャーズサークルへと移動した。
そこで彼女たちが、勝利者インタビューを受けるはずだったのだが……。
「にゃ……?」
なぜか5着のマニャが呼ばれ、インタビュアーに囲まれていた。
「マニャさん。今のお気持ちを聞かせてください」
「とても悔しいわ」
調子を戻したらしいマニャは、落ち着いた声音でインタビューに答えた。
「磐石に勝ち続けてきたマニャさんの、まさかの敗北。
敗因はやはり、
ハヤテ選手のスピンに巻き込まれてしまったことでしょうか?」
「いいえ。
私のスピンは、ハヤテ選手よりも軽微だった。
あれだけのロスをした彼女に追い抜かれたのは、
完全な実力負けと言えるわ。
……どうやら私も、
玉座を譲り渡すときが来たみたい」
「それはつまり……」
「私、キタカゼ=マニャは、
今日を区切りとしてランニャーを引退します」




