2の35の1「ねこ王杯と決着」
「どうして……」
どうして全てを見透かしたようなことを言えるのか。
この猫は何だ?
競ニャの悪魔なのか。
マニャの内外を飛び交う疑問に、ニャツキは答えなかった。
「はて? それでは、さようなら」
ニャツキはさらに加速した。
ニャツキと他の三頭の距離が、徐々に離れていく。
(私が負ける……? こんな新参の猫に……?
これはトレーニャーさんを死なせた私への罰……?
けど……それでも……
このまま沈むわけにはいかない……!)
外道には外道なりの、勝利を掴む理由がある。
そのときマニャの内で、何かが燃え上がった。
彼女の走りの次元が、一つ上がった。
予想以上のマニャの加速が、カゲトラを驚かせた。
(マニャさん……! まだ脚が残ってたの……!?
そうか……!
今までマニャさんには、ライバルになる猫がいなかった。
だからねこスピリットを燃やす走りを、
する必要がなかったんだ。
これが全力の、
魂を燃やしたマニャさんの走り……!)
近くを走るコハクも、マニャが渾身の走りを見せたことに気付いた。
(今まで何度もいっしょに走ってきたのに……。
私はライバルだと思われてすらいなかったの……!?)
自分たちは、ずっとマニャに手加減をされていた。
その事実は、コハクに絶望に近い気持ちを抱かせた。
マニャがカゲトラを追い抜いた。
このとき、マニャの順位は三位。だが……。
「舐めるな!」
怒声と共に、コハクがねこタックルを仕掛けた。
フミヤがマニャに回避命令を送った。
避けられる。
そのはずだったのに。
走りに熱中したマニャは、操猫命令に気付かなかった。
(マニャ!)
フミヤが念の怒声を張り上げた。
(えっ?)
そのときようやく、マニャはフミヤの命令に気付いた。
遅い。
「あううっ!?」
ねこタックルがマニャを打った。
マニャはスピンし、後方のニャ群に飲まれた。
ニャツキは遥か前方を駆けていた。
カゲトラとコハクで、2位争いになった。
「負けない……!」
「……うん。ボクも……」
まだレースは終わらない。
最後まで死力を尽くす。
両者はそのために、ねこスピリットを燃え上がらせた。
コハクに追いつくため、カゲトラが加速した。
左ヘアピンカーブの後、すぐに右のヘアピンカーブを曲がった。
それから右70度のコーナーを曲がると、左90度のコーナーがあった。
さらに右90度のコーナーを曲がると、ようやく入り組んだ地帯を抜けた。
複雑なコースはベテランのコハクに有利だが、カゲトラは食らいついた。
一行は、最後の右カーブに入った。
「っ……!」
カゲトラは、四肢に力を漲らせた。
カゲトラの黒いニャ体が、コハクの前へと抜きん出た。
(ふしぎだ。
いつもより、脚に力が漲るのを感じる。
コハクさんに負けたくない?
ううん。きっとそれだけじゃない。
ボクはあの猫に追いつきたいんだ)
力強い走りで、カゲトラはカーブを抜けた。そのとき。
最後の直線で、ニャツキがゴールするのが見えた。
「綺麗で速い。
ボクは生まれて初めて……こんなにも勝ちたい」
走りの勢いを保ったまま、カゲトラが2着でゴールを抜けた。
僅かに遅れ、コハクが3着でゴールを抜けた。
「初めてマニャさんに勝ったけど、
結局は前と同じ順位か」
コハクは苦笑した。
スピンの痛手を受けたマニャは、5位という順位に終わった。
入着だが、ニャホン最強と言われる彼女にとっては、歴史的大敗だと言えた。
サクラは12位だった。
ウイニングランの最中、ニャツキは笑った。
「にゃふふふふ」
そして笑顔のまま、ヒナタにこう話しかけた。
「どうですか? Sランクレースを勝った気分は」
「ん? ああ。おめでとさん」
Sランクレースの優勝は、ニャホンのジョッキーにとって最高の栄誉だ。
だというのにヒナタの声音は、凡百のレースに勝ったような落ち着きようだった。




