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「っ……!?」
「私とマニャさんの勝負に、
くだらない横槍を入れないでください」
ニャツキのプレッシャーに気圧されたミストは、カースを引っ込めてしまった。
ヒナタが指し示す方向へ、ニャツキは加速した。
「っ……気迫で負けるなんて……」
ミストが呻いた。
ニャツキは前方集団へと消えた。
次にミストの後ろから、サクラが姿を見せた。
「この……!」
自分を追い抜こうとしたサクラに、ミストはヤドリギを向けた。
カースは見事にサクラに命中した。
「ぐっ……!」
枝がサクラに根付き、その力を吸い取ろうとする。
その直前に。
「『爆炎天下-ばくえんてんか-』!」
苦し紛れのように、サクラはカース名を唱えた。
サクラから、炎の魔力が湧き上がった。
ヤドリギはサクラに根付ききるまえに、猛る炎に焼き払われてしまった。
「なっ!?」
カースを破ったサクラは、そのまま加速した。
彼女にも距離を取られ、ミストは最下位に落ちた。
走っても走っても、前の集団に追いつけない。
「このわたくしが……ドベ……?
にゃ……にゃああああぁぁぁっ……」
……。
先頭のコハクが、ヘアピンカーブを曲がった。
その先の直線を走ると、またヘアピンカーブに入った。
さらに直線を走ると、左30度のコーナーが見えた。
それからすぐ、左90度のコーナーがあった。
右25度のコーナーを曲がり、直線のあとは右90度のコーナー。
その後は、長い直線に出た。
コハクはずっと、集団のトップを維持し続けていた。
その後ろを、カゲトラが悠々と走っていた。
そこへじりじりと、マニャが追いついてきた。
マニャの気配に気付いたカゲトラが、彼女に声をかけた。
「ミスをしたね。マニャさん。
今日はたぶん、ボクが勝つような気がするな」
「……そうかもしれないわね」
スピンのぶん、旗色が悪い。
常勝の王者が、あっさりとそのことを認めた。
(Sランクレースなら、
二位でもじゅうぶんな賞金が入る。
そうしたら……)
「諦めが早いね。らしくない。
……ねこ王って、あんがい簡単かも」
(この二人……私が眼中にない……!?)
マニャとカゲトラは、二人で優勝争いをするつもりのようだ。
その戦いの中に、自分は含まれていない。
コハクはその事実に衝撃を受けた。
「簡単?」
さらに新手の声が聞こえた。
「ねこ王にはなれませんよ。あなたは」
マニャの後ろから、ニャツキの視線がカゲトラを刺した。
「この俺様がコースに居るのですから」
「あのスピンから追いついて来たの……!?」
マニャが驚愕を見せた。
Sランクレースでは、少しのミスが敗因になりえる。
そしてニャツキが見せたミスは、少しと言って済むレベルのものではない。
下位に沈んだまま、二度と浮き上がっては来られない。
それほどの致命的なものだったはずなのに。
先頭集団に追いついてきたニャツキには、余裕すら感じられた。
「当然。年貢の納め時ですよ。キタカゼ=マニャ」
そう言って、ニャツキはペースを上げた。
マニャを、カゲトラを、そしてコハクを、ニャツキが追い抜いていく。
「にゃっ!?」
あっさりと先頭を奪われ、コハクが驚きを見せた。
その後方で、マニャが表情を険しくした。
(三位になるわけにはいかない……!)
なんとか順位を上げようと、マニャがペースアップした。
コハクとカゲトラも、マニャに抜かれまいとペースを上げた。
先頭は、依然としてニャツキだ。
必死で走る三頭の猫は、悠々と走るニャツキに追いつけない。
「どうして……!? こんな新参の猫に……!」
マニャが表情と声音に、苦渋を滲ませた。
彼女の苦い声を聞いて、ニャツキは笑んだ。
「わかりませんか? マニャさん。
あなたは以前よりも、
はじめてねこ王杯を取った時よりも、
ずっと遅くなっているのですよ」
「っ……!」
マニャの目が見開かれた。
「トレーニングというものは、
そのときの調子に応じて、
適切な負荷が違ってくるものです。
あなたはただのランニャーであり、
トレーニャーではない。
ミカガミ=ナツキの指示がなければ、
メニューをどう調整すれば良いかわからなかったのでしょう?
ミカガミ=ナツキと最後にこなした練習を、
漫然と反復する。
そんな雑なやり方では、
ベストの走りなどできるわけがありません。
だからスピンで脚をロスした俺様に、
簡単に負かされてしまうというわけです」




