2の33の1「ねこ王杯と開戦」
「ごきげんよう。ハヤテ=ニャツキ」
入れ替わりに、テンジョウイン=ミストが声をかけてきた。
以前Aランクレースで、ニャツキと首位を競い合ったライバルだ。
「はい。ごきげんよう。テンジョウイン=ミストさん」
「前回の反省を活かして、
ねこタックルの猛特訓をしてきました。
今回は、前のようにはいきませんわよ」
健全にライバル心を燃やすミストに、ニャツキは冷たく答えた。
「残念ですが、
今回の俺様のターゲットは、キタカゼ=マニャです。
あなたの相手をしてあげるつもりはありません」
「にゃっ!?
わたくしのカースの恐ろしさを
忘れたというんですの……!?」
「そういうわけではありませんが。
キタカゼ=マニャがコースに居るかぎり、
あなたはガーデンを発動できません。
ガーデンのないあなたを、
恐ろしいとは思いません。
まあ、たとえキタカゼ=マニャが居なくとも、
負けるつもりはありませんが」
ニャツキはそう言って、ちらりとヒナタを見た。
ミストのカースの攻略法は、ヒナタが考えているはずだ。
だから負けはないと、ニャツキは確信していた。
「その余裕、後悔することになりますわよ!」
「やってみなさい」
ぷんぷんと怒りを隠さず、ミストは去っていった。
ライバルと思っていた相手に冷たくあしらわれては、無理もないことだろう。
「さて……」
話し相手が居なくなると、ニャツキはサクラの方へ向かった。
「っ……」
長椅子の上で、ムサシとコジロウに囲まれて、サクラが硬くなっていた。
「サクラさん」
「ボス……」
サクラはぎくしゃくと視線を上げ、ニャツキを見た。
「緊張しているようですね。
もしよろしければ、
俺様のスペシャルマッサージでもどうですか?
リラックスできますよ」
「お願いします!」
横側で、リリスが大声でそう言った。
「あなたは選手ではないでしょう。
サクラさん。いかがですか?」
「……私ならだいじょうぶだ。
今日はボスとはライバルだからな。
塩を送ってもらうわけにはいかねえよ」
そう言って、サクラは口の端を上げた。
少なからぬ強がりが混じっている。
深く洞察せずとも、それは明らかだった。
「ライバルである前に、
俺様はあなたのトレーニャーです」
「っ……」
ニャツキに曇りなく言われると、サクラは赤くなった。
「良いって」
「そうですか。
もし気が変わったら、早めに言ってくださいね」
「……だいじょうぶだから」
サクラの語気は、少しずつ弱くなってきていた。
ニャツキがもう少し押せば、サクラは折れたかもしれないが……。
「わかりました」
強がるのもいいだろう。
ニャツキはランニャーのイシを尊重し、引き下がっていった。
やがて控え室に、レースの接近を告げる放送が流れた。
ホテルの仲間たちと共に、ニャツキとサクラは装鞍所へ向かった。
ニャツキは堂々と、サクラはぎこちなく、装鞍を終えた。
そのままの調子で、二人はパドックへと歩いて行った。
パドックを抜けた二人は、コースへと入った。
そして出走ゲートの前に立った。
「っ……」
「マッサージ、受けておいたほうが良かったかしらね」
サクラの鞍上で、ジョッキーのノバナがそう言った。
「…………」
緊張をほぐすための軽口に、サクラは答えなかった。
彼女にはノバナの言葉が、まったく聞こえていなかったらしい。
それに気付いたノバナが、サクラの名前を何度も呼んだ。
「サクラ? サクラ。サクラ!」
「えっ!? 何ですか!?」
「カウントダウンが始まってるわよ。気付いてるの?」
「あっ……」
魔導ゲートが開いた。
ノバナはタイミングを合わせ、手綱で操猫命令を送った。
だがサクラの脚は、うまくは動かなかったようだ。
彼女は脚をもつれさせてしまった。
その隙に、他の猫たちは絶好のスタートを切った。
サクラを後ろに残し、先へと駆けて行ってしまう。
「っ……!」
サクラは慌ててスピードを上げたが、最後尾に位置することになってしまった。
(ねこ王杯でこのミスは致命傷ね。
けど、初めてのSランクレースを
惨敗で終わらせたら、
この子の後のキャリアにも影響するかもしれない。
ちょっとでも挽回して、
手応えを掴んでもらわないと……)
内心でそう考えつつ、ノバナは操猫に集中した。




