2の32の1「ねこ王杯当日」
「っ……! さすがですお姉さま!」
「それで、おまえは?」
ヒナタがリリスに顔を向けた。
リリスは未だ、自身の封筒を閉ざしたままだった。
「……ちょっと待ってください」
「代わりに開けてやろうか?」
「バカにしないでください。
封筒くらい自分で開けられます」
「そうか」
「…………」
「まだか~?」
「開けますよっ!」
ヒナタに煽られて、リリスは勢い良く封筒を開けた。
そして中身を確認して……。
「あ……うううぅぅぅ~っ」
テーブルに突っ伏してしまった。
ヒナタは放り出された紙を取り、一応は文面を確認した。
そこには短く、お悔やみの文句が記されていた。
「ダメだったか」
落ち込んだリリスに、ニャツキがフォローを入れた。
「まあ仕方がないですね。
1年目の猫ではそれが普通です。
俺様が凄すぎるだけなので、あまり落ち込まないでください」
「ですが……うぅ……おのれ……キタカゼ=ヒナタ……」
「俺?」
「ボス」
いつの間にかサクラが、ニャツキたちのそばに近付いてきていた。
ニャツキに声をかけたサクラが、一枚の紙を見せてきた。
「受かっちまった」
……ニャツキとサクラの二人が、ねこ王杯への出場を決めた。
「おめでとうございます」
ニャツキがサクラに祝いの言葉を送った。
「さすがっス! あねさん!」
「そうだ! 胴上げしましょう!」
ムサシとコジロウが、サクラを抱え上げた。
「のわぁ!?」
「「わっしょい! わっしょい!」」
少人数で、だが楽しげに、胴上げが行われた。
しばらくすると、ムサシたちはサクラを床に下ろした。
サクラは格好と表情を正し、ニャツキと向かい合った。
「……ボス」
「はい」
「私がここまで来られたのはボスのおかげだ。
ダメだった私を育ててくれたこと、
本当に感謝してる。
けど、勝負は勝負だ。
負けても恨むんじゃねえぞ」
「やれるものならやってみなさい」
子を見守る親のような笑みを、ニャツキは返した。
そこから少し離れた位置で、アキコがこう呟いた。
「……信じられないわ。
うちのホテルからSランクの出場者が二人も出るなんて……」
「良かったですね」
ミヤがそう言った。
「うん」
アキコは微笑んだが、その顔には、少しの苦味が混じっていた。
「私は何もしてなくて、
ぜんぶニャツキちゃんのおかげだけどね」
その様子に気付いたニャツキが、アキコに声をかけた。
「あなたはミカガミ=ナツキが遺した器具を、
嫌わずに保管しておいてくれました。
おかげで俺様は、
自身や他の猫たちのトレーニングを、
十二分に行うことができました。
感謝しています」
冤罪ではあるが、ナツキはホテル凋落の象徴とも言える存在だ。
その全てが嫌になり、道具まで破棄してもおかしくはなかった。
だがアキコは、そんな選択肢は選ばなかった。
ニャツキには、アキコの深い心情はわからない。
ただの気まぐれや惰性かもしれない。
それでもニャツキは、心の底からの感謝を、アキコへと向けた。
それが伝わったのか、アキコは照れくさそうな笑みを見せた。
「……がんばってね。ニャツキちゃん」
「はい。とうぜん優勝しますよ」
……。
ねこ王杯に備え、ニャツキは徹底的に走りを仕上げた。
心身を研ぎ澄ましていると、すぐに5月がやって来た。
そしてねこ王杯の当日。
その会場となるナカヤマねこフロート。
ミヤ以外のホテルのなかま全員で、ニャツキたちは会場入りした。
マニャと会いたくないという理由で、ミヤは留守番することになった。
一行は、競ニャ場の控え室へと移動した。
すると。
「やあ」
すぐに猫が、ニャツキに声をかけてきた。
「来たね。ニャツキ」
声のほうに視線をやると、黒髪の猫が立っているのが見えた。
カゲトラだ。




