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リリスのDランクレースの日になった。
会場は前回と同じ、オオイねこフロートだ。
控え室でアンノ=ヨイマチと話をした後、リリスたちは装鞍所に向かった。
そしてパドックを経て、出走ゲートに立った。
リリスのゴーグルは、先日の練習に使っていたのと同じものだった。
鞍上で、ヒナタが口を開いた。
「もう何回も言ったが、
今回のレースは
スタートダッシュが重要になる。頼んだぞ」
リリスは笑みを浮かべた。
いつもより自信が感じられる笑みだった。
「わかっています。
そちらこそ、操猫ミスをしないでくださいね」
「ああ。任せろ」
すぐにカウントダウンが始まった。
3、2、1、レーススタート。
ゲートの開門に合わせて、ヒナタは操猫命令を送った。
それに応え、リリスは素早く地面を蹴った。
スタートダッシュは、まずまずの成功だと言えた。
リリスは後方のニャ群には呑まれず、2番手の位置につけた。
一頭だけ、絶好のスタートを切った猫が、リリスの前を走っている。
(今は2番手だ。すぐに先頭の猫を抜くぞ)
(はい)
序盤の展開としては不自然なほどに、リリスは急に加速した。
そして先頭のねこを抜き去ると、すぐに通常のペースに戻った。
最初の長い直線を終え、集団は右コーナーに突入した。
そのタイミングで、ヨイマチが大きく口を開けた。
「行くよ! ニャカメグロ=リリスさん!
開庭っ! 『千乱一夜-せんらんいちや-』っ!」
掟破りの、レース序盤からのガーデン発動。
ヨイマチを中心として、周囲が闇に呑み込まれていった。
ヒナタの眼前の景色も、完全な闇に染まった。
「なるほど。マジで何も見えねえな」
感心するように、ヒナタがそう言った。
空も地面もコースの柵も、ほのかにすら見えはしない。
「うみゃあっ!?」
後ろの方から、猫の悲鳴が聞こえてきた。
後続の猫たちが、クラッシュやコースアウトをしているらしい。
(姉妹そろって、なんとも傍迷惑なカースだ)
「ふふっ。驚いたかな?」
リリスの後方で、ヨイマチが笑みを浮かべた。
走りに集中するリリスの代わりに、ヒナタがヨイマチに答えた。
「いや。おまえのレースは、
録画で何度も見させてもらった。
驚きはしないさ。
おもしろくはあるがな」
闇の中、ヨイマチの視界だけが、はっきりと澄み渡っている。
彼女の目に映るヒナタの顔に、焦りや驚きは見られなかった。
「余裕だね……。
私のガーデンは燃費が良いんだ。
がんばって耐えてたら、こっちが魔力切れするだなんて、
都合の良いことは期待しないことだね。
……ニャカメグロ=リリスさんは、ずいぶんと静かだね?」
「…………」
周囲がどれだけ変化しても、リリスは黙々と走っている。
ヨイマチはそのことに違和感を覚えたようだった。
ヨイマチが疑問を向けても、リリスは答えなかった。
今までと同じく、ヒナタが代わりの返事をした。
「暗い中を必死に走ってるんだ。
ほうっておいてやってくれ」
「そうだね。走りで語り合うとしようか」
一行は、S字カーブの後の長い直線を抜けた。
そしてきつめのコーナーをいくつも曲がった後、短めの直線に出た。
リリスは綺麗なライン取りで、先頭をキープし続けていた。
「ミスらないね……!」
カース攻撃など存在しないかのように、リリスは質の高い走りを続けている。
ヨイマチは焦れたような声を漏らした。
そんな彼女の声のほうへ、ヒナタは見透かしたような視線を向けた。
「べつに初めてじゃないだろう?
こういう結果になるのは。
そうじゃなかったら、
おまえはもっと上のランクに居るはずだ」
ヒナタは当然に、対戦相手の情報を調査している。
ヨイマチの戦績も把握している。
暗闇のカースは無敵などではないと、ヒナタは知っている。
左70度のコーナーを曲がったリリスは、緩やかなS字カーブに入った。
ヒナタは言葉を続けた。
「猫のペース管理は、
ジョッキーの必須技能だ。
体内時計と猫の走行スピード、
この二つが正確なら、
自分たちがどれだけ走ったかは把握できる。
先頭をハイペースで走れば、
他の猫と接触する心配もない。
後はコースの形状を、頭に叩き込むだけだ」




