2の29の1「奥義と殺意」
ミストのガーデンが発動した。
毒々しい色の根が、レース場に広がっていった。
先頭のニャツキは、ゆるい右カーブを進み、左の急カーブに入った。
カーブが終わった先には、長めの直線がある。
(来たぞ。ハヤテ)
後ろを見ていたヒナタが、念話でそう言った。
前のレースで痛い目を見ているので、ニャツキにも油断はなかった。
(猫? カース?)
(カースだ)
状況を確かめるため、ニャツキはちらりと振り返った。
「これは……!?」
ニャツキたちの足元が、毒々しい木の根に呑まれた。
そして……。
「っ……!?」
ガーデンに入場した瞬間、ニャツキは脱力感に襲われた。
体から抜けていく力が、どこかへと吸い取られている。
そんな感覚があった。
「やばいな。これは」
ヒナタも同じ感覚に襲われているらしい。
その表情は硬かった。
対処法もないまま、ニャツキは左80度のコーナーを曲がった。
(彼女のガーデンは……
中にいる全員のチカラを吸い取れるというのですか……!?)
(そうとしか言いようがないな。この感じは)
(だとしたら強力に過ぎます……!
何か弱点があるのでは……!?)
(その弱点とやらが、
今の俺たちに関係があれば良いがな)
もし弱点があっても、自分たちに突けるものでなければ意味がない。
……実際、ミストのガーデンの弱点は、発動に制約があることだ。
10体の敵にヤドリギを植え付けるという条件は、並大抵ではない。
任意で発動できる普通のガーデンとは違う、鈍重な奥義だ。
だからこそ、いったん発動してしまった以上、他に弱点はない。
弱点は……ない。
力を奪われながら、ニャツキは走り続けた。
左100度のコーナーを曲がり、右30度のコーナーを曲がった。
そして左40度のコーナーを抜けると、直線に出た。
「追いつきましたわ」
後ろから、ミストの声が聞こえてきた。
いま彼女は、スパートの速度で駆けていた。
スパートには、多くの魔力を必要とする。
そのための魔力は、ガーデンが調達してくれる。
ずっと全速を出せる今の彼女に、勝てる猫は限られているだろう。
「っ……!」
追い抜かれてたまるものか。
ニャツキはわずかに加速した。
ニャツキとミストのスピードが、ほぼ互角になった。
「あら……まだ速くなるなんて……。
底知れない猫ですわね」
ニャツキとミストはヘアピンカーブを曲がった。
直後、右70度のカーブを曲がった。
そして切り替えしの左カーブを抜けると、最後の直線に入った。
これまでニャツキはずっと、魔力を失ってきている。
彼女のスピードに、かげりが見られた。
それを見て、ミストが品のある笑みを浮かべた。
「ようやく限界ですの? ハヤテ=ニャツキ」
ミストの頭が、ニャツキよりも前に出た。
ニャツキとミストの差が、じりじりと開いていく。
(っ……! ヒニャタさん!)
ニャツキは慌て、ヒナタに声をかけた。
(何だ?)
ヒナタは冷静に、ニャツキに応対した。
(アレをお願いします!)
(アレじゃわからん)
(ぎゅっとする乗り方です! Eランクレースのときの!)
以前のレースで、ヒナタはニャツキに抱きつくように乗った。
手綱が切れたので、仕方なくそうなった。
ヒナタはあんな乗り方は、邪道だと思っている。
肩を脱臼し、痛い目も見た。
気乗りはしないが……。
(あんなことしたって……)
(負けても良いんですか!? 早く!)
(わかったよ)
レースの主役はニャツキだ。
自分は添え物にすぎない。
そう思っているヒナタは、ニャツキに従うことに決めた。
落ニャ防止のため、ヒナタは手綱を腕に絡めた。
そしてニャツキに抱きついた。
するとふしぎなことに、ニャツキの走りが向上した。
ニャツキがほんの僅か、ミストの前に出た。
底力を発揮したニャツキに、ミストは驚きの視線を向けた。
(持ち直した……? あの妙な乗り方は?
まさかジョッキーさんのユニークスキル……?)
普通に考えれば、乗り方を変えただけで猫が急加速できるわけがない。
それでミストは、それがジョッキーの隠された力なのかと考えた。
……実際は、ヒナタにそのような力はない。
「何にせよ、無駄ですわ。
マニャさまでもないあなたに、
私のガーデンを打ち破ることなどできませんもの!」
ジョッキーと息を合わせ、ミストはさらに加速した。