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声に視線をやると、金髪ツインテールのネコマタが立っているのが見えた。
彼女の斜め後ろには、なぜか老執事が控えていた。
金髪ねこの視線は、ニャツキに向けられてはいなかった。
ニャツキを呼んではいるが、顔は知らないらしい。
「…………」
興味がなかったのか、ニャツキは呼びかけを無視した。
「あ、あれっ?
ハヤテ=ニャツキさん?
ハヤテ=ニャツキさんはいらっしゃいませんの?」
語気の強かった猫が、おろおろと戸惑いを見せた。
「そのようですね」
ニャツキがしれっとそう言った。
「こいつがハヤテ=ニャツキだ」
ヒナタが密告者となり、金髪ねこにニャツキの居場所を伝えた。
「あっ裏切り」
金髪ねこは気を取り直し、ニャツキに強気なまなざしを向けた。
「そこに居ましたのね? ハヤテ=ニャツキ。
私はテンジョウイン=ミストです。
探しましたわ」
「顔も知らないような猫のこと、
わざわざ探さなくても良いのに……」
ニャツキはめんどうくささを隠さずに言った。
「そういうわけにもまいりませんわ。
あなたが私を負かしてしまったからには……」
「あなたと勝負をした覚えはありませんが」
「これを見てくださいまし」
ミストは指を鳴らした。
老執事がタブレットPCを、ニャツキの前に差し出してきた。
画面には、何らかの文字と数字が映し出されていた。
わざわざその内容を噛み砕く好奇心は、今のニャツキにはなかった。
それでニャツキはミストに、解説を頼むことにした。
「これは?」
「これはランニャーのデータを事細かに記録した、
『ねこスタッツ』という情報サイトですの。
ここにはデータを基にしたランキングも掲載されていますの。
その新人総合ランキングが……」
「なるほど。俺様が2位で、あなたが3位ですか。
あなたにとって俺様は、
目の上のたんこぶというわけですね。
ですがこのようなランキング、
気にしないほうが良いのではないですかね?
ランキングが正確なら、
俺様は1位の猫よりも上でなくてはおかしいですからね。
何ですか? この1位の、カゲトラとかいう猫は。
こんな聞いたこともないような猫が、
俺様の上なわけがないですよね」
「うん? 前に会ったよな?」
ヒナタのツッコミに、ニャツキはツンと答えた。
「知りません。
とにかくこんな下らないものを、
真に受ける必要はありませんよ」
「たとえ不正確なデータであっても、
負けは負け、屈辱は屈辱ですわ。……エチゼン」
「はっ」
エチゼンと呼ばれた老執事が、どこかから小箱を取り出した。
彼が箱を開くと、中には白い手袋があった。
ミストはそれを手に取り、ニャツキの足元へと投げつけた。
「ハヤテ=ニャツキ!
あなたにねこ決闘を申し込みますわ!」
何のためらいもなく、ニャツキは手袋を拾った。
「受けましょう。
ところでねこ決闘というのは、
普通のレースと何か違うのですか?」
「えっ?」
「えっ?」
「…………」
「…………」
「レースを楽しみにしていますわ!
ハヤテ=ニャツキ!」
ミストは足早に、ニャツキの前から去っていった。
「……この手袋ってどうすれば良いんでしょうか?」
ニャツキが手袋の扱いに困っていると、エチゼンが口を開いた。
「こちらへ」
「どうも」
ニャツキから手袋を受け取ると、エチゼンも去っていった。
「騒がしいかたでしたねぇ」
決闘を挑まれたことに対する気負いはないのか。
ニャツキは穏やかな顔をヒナタに向けた。
ニャツキからヒナタに話しかけていると、すぐにレースの時間になった。
装鞍を終え、パドックを抜け、魔導ゲートの前に立った。
出走直前、ヒナタはニャツキの様子を観察した。
(かなりリラックスしてるな。
あのおもしろいお嬢さんのおかげか)
今日のニャツキは、どうやら良い具合のようだ。
これなら好走が期待できるだろうなと、ヒナタは考えた。
まあ、多少の不調は物ともしないのが、ニャツキという猫なのだが。
穏やかな雰囲気の中、カウントダウンが始まった。
そしてカウントダウンが終わり、猫たちが走り始めた。
ニャツキは良いスタートを切った。
群れから抜きん出て、集団のトップに立った。
並外れた脚を持つニャツキにとっては、絶好の位置だと言えるが……。
「にゃあっ!?」
後ろから、悲鳴が聞こえてきた。