2の27の1「ニャツキとAランクレース」
装鞍所にたどり着いたヒナタたちを、ミヤが出迎えた。
「おめでとう」
「ありがとうございます。
そうだ。早くお姉さまに勝利の報告をしないと」
まだうきうきが残っている様子で、リリスがそう言った。
そのとき。
「ニャカメグロ=リリスさん!」
豪華な黒い礼服で男装した紫髪のネコマタが、リリスに声をかけてきた。
「アンノさん。着替えるの早いですね」
声をかけてきた猫は、アンノ=ウミャハラだ。
リリスはそう誤解していたが……。
「よく見ろ。
彼女はアンノ=ウミャハラじゃない」
誤解に気付いていたヒナタが、そう訂正した。
「その通り!」
ヒナタの言葉に答えるように、ねこ姿のウミャハラが現れた。
そして礼服姿の少女の隣に立ち、こう言った。
「お姉ちゃんはアンノ=ヨイマチ。
このアンノ=ウミャハラのお姉ちゃんだよ。ふふん」
どういう理屈か、ウミャハラは誇らしげだった。
いったい何が始まってしまったのか。
リリスはおそるおそる、こう尋ねた。
「それで……ウミャハラさんのお姉さんが、
私に何の御用でしょうか……?」
「キミはなかなか見所がある猫だ。
妹の代わりに、
雪辱戦を挑ませてもらおうと思ってね」
「そっちのランクは?」
ヒナタが尋ねた。
「Cランクだから、
Dランクのレースにもエントリーできるよ。
どうかな? この勝負、受けてくれる?」
「ええと……」
気弱なリリスは、こういうやり取りには慣れていない。
どうしたものかと言葉に詰まってしまった。
「そうだ……お姉さまに電話をして……」
リリスが優柔不断さを見せていると、ヒナタが勝手にこう言った。
「受けて立つぜ」
「キタカゼ=ヒナタ!?」
「良かった。
それじゃあ後日、試合日程の相談をしよう。
これ、私の電話番号。
いつでもかけてきてね。
ふふっ。はーはっはっはっは」
ヒナタにカードを渡したヨイマチは、高笑いとともに去っていった。
「にゃーっはっはっは」
ウミャハラも、姉に倣ってどこかに去っていった。
「着替えなくて良いのか……?」
ねこ姿で装鞍所を去ったウミャハラに、ヒナタはそんな感想を見せた。
「まあ良いや。それじゃあ……」
ヒナタはリリスから降り、更衣室に向かおうとした。
「それじゃあ……じゃないんですけど!?」
「ん~?」
のんびりと、ヒナタはリリスに顔を向けた。
「ん~? じゃないですよ!
何をかってに返事をしているんですか!?
お姉さまに相談しようと思ってたのに……」
「ははは」
「なーにーをー笑っているんですかー!?」
他人事のように笑うヒナタに、リリスは距離を詰めた。
ヒナタはへらへらと笑ったまま、こう言った。
「好戦的なハヤテに相談したら、
やれって答えるに決まってるだろ?」
「それは……そうかもしれませんけど……」
たしかに……と思ったのか、リリスの勢いが削がれた。
怒りが薄まると、後には不安が残ったようだ。
リリスは気弱に俯いてこう言った。
「けど相手は、格上のCランクねこですよ?」
「だいじょうぶ。おまえのほうが速いよ」
「何を根拠に言ってるんですか」
またむっと、リリスは怒りの色を強めた。
「見ればわかる」
ヒナタは自身満面に言った。
「むぅぅ……無責任なことを言って……」
信頼されることが嬉しかったのか。
リリスは強く言い返せなくなってしまうのだった。
……。
ニャツキのAランクレースの日になった。
舞台はコクラ競ニャ場。
その控え室で、ヒナタはノートPCを見ていた。
「何を見ているのですか?」
テーブル上のPCを、ニャツキが覗き込んだ。
「ニャカメグロの次の対戦相手なんだが……」
「レースの動画ですか? 何やら真っ黒に見えますが」
ノートPCのモニターには、ひたすらに黒が映し出されていた。
ヒナタの言葉がなければ、シャットダウン状態かと思うほどだ。
「うーん……まあなんとかなるか」
気が済んだのか、ヒナタはPCを閉じた。
あの真っ黒な画面から、彼が何かを得られたとは思えないが……。
「よろしいのですか?」
「今のニャカメグロなら勝てるだろ」
ヒナタが信頼の表情を見せたそのとき。
「ハヤテ=ニャツキ!」
ニャツキの名前が呼ばれた。