2の26の1「駆け抜ける華」
(本当に、あの子はだいじょうぶなんですか……?)
優しさゆえか。
それとも、もし自分が同じ状況になったらという恐れのためか。
リリスは犠牲者を気遣う様子を見せた。
(競ニャ場のどこかには居るはずだが)
競ニャは激しい競技だが、あくまでもスポーツだ。
故意に対戦相手を殺害することなど、許されてはいない。
よってウミャハラのカースも、安全なものでなくてはおかしい。
渦に飲まれた者たちは、競ニャ場で発見される。
ヒナタが調べた限りでは、そういうことになっている。
(けどやろうと思えば、
あのまま殺すこともできるんだろうな)
(怖いこと言わないでください!)
ゾッとしたリリスが、ヒナタに抗議をした。
(悪かった。けど、レースから気を散らすなよ。負けるぞ)
「っ!」
リリスは意識を引き締めた。
左70度のコーナーを曲がると、緩やかなS字カーブに入った。
ウミャハラには、カースを出し惜しむつもりはないのか。
前方で次々に、闇の渦が発生した。
一度なら避けられる渦でも、連続されると話が変わる。
ウミャハラは渦を避けにくくするリズムを、心得ているようでもあった。
避けそこなった猫たちが、徐々に渦に飲み込まれ、脱落していった。
やがてランニャーの半数が脱落することになった。
今、猫に塞がれていたリリスたちの前方が、はっきりと開けていた。
(壁がなくなった。ここからが本番だ。
俺たちを狙ってくるぞ)
ウミャハラの瞳が、リリスへと向けられた。
「居たね。1番にゃんき」
控え室でもそんなことを言っていたなと、リリスは思い出した。
今回のレース、ニャ券投票でリリスは一位だった。
つまりウミャハラより上の順位だったということになるが……。
(ひょっとして人気のことを、根に持っているんでしょうか……?)
「キミも闇に沈めてあげるよ!
ニャカメグロ=リリスさん!」
リリスの前方に、闇色の渦が出現した。
ヒナタは落ち着いてリリスを操猫した。
それに従って、リリスが跳躍した。
ヒナタのイメージにぴったり合わせた動きだった。
おかげでリリスたちは、最低限の動きで渦を回避することができた。
(よし。良い子だ)
ヒナタが念話でリリスを褒めた。
(これくらい誰でもできます。バカにしないでください)
(誰でも……か)
ヒナタはちらりと後ろを見た。
「うにゃぁぁぁぁ……」
リリスが避けた渦に呑まれ、後続の猫が消えていくのが見えた。
(うーん痛ましい)
同情はするが、今は自分たちのレースが最優先だ。
ヒナタはすぐに視線を前方に戻した。
猫たちは、右40度のコーナーを曲がった。
ウミャハラが、攻撃の手を休めることはなかった。
次々に渦の攻撃が来た。
リリスはヒナタの指示に従い、それを見事に回避していった。
(動画で見たときは怖いカースだと思いましたが、
意外となんとかなるものですね)
余裕をもって回避できている。
そう感じたリリスは、だんだんリラックスしてきた。
このまま行けば、自分はこのレースに勝てるかもしれない。
リリスがそう思いはじめた、そのとき。
(止まれ!)
何度目かのジャンプの途中、ヒナタがそう命じてきた。
ただの操猫ではない。
強い念話が伴った命令だった。
「えっ……?」
レース中に止まれと言われたのは、今回が初めてだった。
慣れない命令に、リリスは混乱した。
思考が乱れ、制止することなく、リリスは地面を蹴ってしまった。
操猫に逆らう前進だ。
すると……。
「バカ……!」
ヒナタが焦りを見せた。
リリスが向かう先に、二つ目の渦が出現していた。
(次の渦がこんなに早く……!?)
視線を下げる走り方、ゴーグル、対処すべき渦への集中。
それらの全てが、新たな渦の察知を遅れさせた。
彼女はそのまま渦に踏み入りそうになった。
「踊空-ようくう-」
直前で、ヒナタが呪文が唱えた。
リリスの体が、ふわりと宙に浮かんだ。
「む……小賢しいね。
けど飛行呪文じゃあ、ランニャーの速度域にはついてこられない」
ウミャハラは攻撃態勢をやめ、脚を速めた。
空中を浮かんでいるうちに、他の猫がリリスを追い抜いていく。
リリスは着地した。
その隙に、ウミャハラとの間には大きな差ができていた。
最下位の状況から、リリスは走りを再開した。