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アロマンティスト×アロマンティスト 1


「ごめんなさい。僕は、あなたの気持ちに応えることは出来ません」


   ●


 人気(ひとけ)のない体育用具室裏から脱出する。靴を履き替えようと思い移動する。そして昇降口にまでたどり着いて、足高龍成(あだかりゅうせい)はようやく気付いた。体育用具室へ行くために、もう靴は履き替えた後だったのだ。ついでに鞄も手に持っているのだから、最初から校門へと向かって、そのまま帰ってよかったのに。


 高校入学から一ヶ月と少し。ようやく見慣れてきた校舎を見上げてみれば、巨大な時計が短針と長針で鏡映しの"へ"を作っていた。まるで不機嫌さを隠しもせずに説教垂れてくる顔のようだ。若造よ、馬鹿なことをしているな、と。


 こんなセンチメンタルなことを考えているのも、きっと自分がまだ軽い混乱の中にあるせいに違いない。



 つい今さっき、人生で初めて告白されたのだ。



 話したこともなければ、名乗られるまで名前すら知らない相手だった。何度か見たことがある程度の、別のクラスの女子だ。校則違反ギリギリの化粧に、校則違反ギリギリの茶髪。耳の多数のピアスはさすがに校則違反なのではないだろうか。客観的に見ても、美少女と言って差し支えないだろう。


 明らかにクラスカースト最上位の雰囲気に、罰ゲームでの告白という龍成の考えは即座に消えた。


 ちらちらと顔を見てくる。目が合うと赤くなった顔をさらに赤くさせて目を逸らす。ロールのかかった髪を指先でくるくると回している。きっと手癖だろう。そして、


「その……好きです。付き合ってください!!」


 顔の赤みはさらに増し、しかして視線は決してそらさず、帰ってくる答えを待っている。そのいじらしくも可愛らしい姿を見れば、他に恋人や好きな人でもいない限り、即座に告白を受け入れる者がいても、何もおかしなことはないのだろう。


 だけれども、龍成はこう思ってしまったのだ。



 ああ―――()()()()()、と。



 15年間生きてきて、告白されるのは人生で初めての出来事だった。既に恋人がいるわけでもなければ、他に好きな相手がいるわけでもない。にもかかわらず沸き上がったその考えは、龍成に告白を断らせる理由としては、十分なものだった。


 恋愛への興味が薄いという自覚は多少なりとも持っていたが、人生初の告白に対する感想が、『面倒くさい』はないだろう。まさかここまで冷めた人間だとは思ってもみなかった。


 告白されたことではなく、告白に対して抱いた感情が原因で、平常心のままではいられなかったのだろうと龍成は思う。だから家に帰ろうと思っていたのに、無意識に昇降口へと足を運んでしまったのだ。


「おーい、リュウー? 何やってんだ、そんなところでー?」


 今度こそ帰ろうと(きびす)を返す直前に、昇降口の中から出てきた女子生徒に声を掛けられた。化粧っけのない顔、染めても抜いてもいない髪。ピアス穴なんて一つも開いていない耳。龍成の近所に住む幼馴染の同級生、上崎(あかね)だった。


 茜は真っ直ぐに龍成の元へとやってきて、されども立ち止まることなく歩き出す。龍成も後を追って横に並んだ。


「何、こんな時間まで残ってるなんて。もしかして、告白でもされてた?」


「茜こそ、また告白されてたの?」


「おうともさ。今月はこれで5人目。入学式から数えると13人目」


「相変わらずモテモテだね。今度の相手は誰?」


「サッカー部のキャプテン」


「あーね」


 そう答える傍ら、龍成は先週のことを思い出していた。中間テスト最終日の放課後、同じクラスではあるが特に交流も無い松岡が急に話しかけてきたことを。内容も「足高(あだか)って上崎と付き合ってんのか?」という、中学時代には耳にタコができるほどに聞いた質問だった。たしか松岡はサッカー部だったはずだ。先輩の恋愛のパシリまでしなくてはいけないとは。高校でも部活に入らなくてよかったと、龍成は心の底からそう思う。


「で、付き合うの?」


「な訳ないでしょ。だいたいキャプテンなんて任されてるんならさ、女の尻じゃなくてボールを追いかけろってんだよ、全く」


 龍成からしてみれば全く理由が分からないのだが、茜はなぜか滅茶苦茶モテる。中学生の頃は、茜の撃墜数報告によれば、男子生徒の8割くらいは告白していた計算になるはずだ。


 そして彼ら全員の告白を断るうちに、とある噂が流れるようになった。


「で、また言われた? やっぱり足高(あだか)と付き合ってんのか、って」


「あはは。言われた言われた。噂広がるの早過ぎでしょ。入学してまだ一ヶ月だよ?」


同中(おなちゅう)の先輩たちも入学してるからね、この学校」


「あ、なるほど納得。……で?」


「ん?」


「リュウの方はどうなのよ。相手だれ? 付き合うの?」


「……なんのことでしょう」


「なんだよー、私にだけ言わせといて自分は言わないってーの?」


 はぁ、と龍成は溜め息を漏らした。


「ねぇ、茜。聞くけどさ、女子と付き合うことになったばかりの男子が、他の女子と一緒に帰り道を歩くと思う?」


「思わないね。そうだとしたらとんだ浮気野郎だね」


「じゃあ茜。もう一つ聞くけどさ、女子からの告白を断ったくせに、その女子が誰だったかを言いふらす男子をどう思う?」


「とんでもないクソ野郎だね。男の風上にも置けないね。……ぬ?」


「というわけで、誰だったかは言わないよ」


「ぐぬぬ……。誘導尋問とは卑怯な……」


「尋問でも何でもないからね」


 女子に告白してきた男子は言いふらしてもいいのに、男子に告白してきた女子は言いふらしてはいけないという風潮。恋愛という戦場は、圧倒的に女の方が有利というのが龍成の考えだった。


「リュウ、今日、おばさんたちは?」


「今日も遅くなるって。茜の方は?」


「同じく」


「晩御飯どうする?」


「肉!」


 まるで男子のような茜の欲求に、思わず龍成の口から苦笑が漏れた。


「三日連続で肉だから今日は魚です。そうじゃなくて、どっちの家で食べる?」


「どっちでもいっかなー。あ、いや、やっぱなし。今日はウチで食べよ。ドラマの録画してなかった」


「7時からだっけ。じゃあ途中で買い物していくよ」


「了解であります。隊長、おやつは300円まででありますか?」


「晩御飯が入らなくなるから駄目です」


「別腹システム!」


「そんなシステムはありません。またニキビ出来るよ」


「お、乙女に言ってはならない言葉を……!」


 こうして二人して制服姿のまま、帰り道で晩御飯の食材を買って帰るのだ。そして同じ学校の生徒にその仲睦まじい姿を見られて、やはり噂が流れるのだ。



 やっぱり、上崎と足高(あだか)って付き合ってるの?



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