美しき公爵令嬢アリスティーヌ
アリスティーヌ・メルシア公爵令嬢は、美しい顔立ちで、長い金髪を結い上げ、碧い瞳のそれはもう高貴な令嬢であった。
あまりの美しさに帝国の華とも言われ、夜会に出れば、ダンスの誘いが絶えない程の、モテぶりなのだが、何故か18歳になった今でも婚約者もおらず、高位貴族からの婚約の申し込みも全てメルシア公爵家は断っているようだった。
特に熱心にアリスティーヌと結婚を望んでいるのが、皇室で。
アリスティーヌはこの国の皇太子レティストと同い年でもあり、
皇太子レティストは自らも、夜会で積極的にアリスティーヌをダンスに誘い、
口説いているのだが、アリスティーヌ自身、首を縦に振る事はなかった。
「アリスティーヌ。今宵も美しい。どうか、良い返事を聞かせて貰えないだろうか?」
真っ先にダンスの申し込みをした皇太子レティスト。
その手を取り、熱烈にアリスティーヌを口説く。
「皇太子殿下、わたくしは、皇太子殿下の求婚を受けるつもりはございませんわ。」
他の貴族令息達が口々に聞いてくる。
「アリスティーヌ嬢はどなたとなら結婚するつもりなのか?」
「18歳なら結婚出来る年頃だ。メルシア公爵家は何を考えているのか?」
皇太子レティストはアリスティーヌの手の甲にチュッと優しくキスを落として、
「私は諦めるつもりはない。どうか…前向きに考えてくれないだろうか。」
「ですから…お断りを…」
「どうしてだ?他に好きな者がいるのか?」
「いえ…でもわたくしは…」
「今日こそ、訳を聞かせて貰うぞ。アリスティーヌ。」
他の貴族連中には聞かせたくはない。
二人でテラスに移動すると、皇太子レティストはアリスティーヌを熱烈に口説く。
「私のどこが気に入らない。勉学とて剣技とて、私は首席で帝国の学園を卒業している。
それは君も知っているはずだ。ずっと君と結婚したいと思っていた。
学園に居た時から、君はそっけなかったね…どうしてだ?私はアリスティーヌ一筋なのに。」
アリスティーヌはその美しい瞳から涙をポロリと流して。
「わたくしも、皇太子殿下、貴方様の事を好いております。学園に居た時からわたくしの事をさりげなく気遣って下さるその心遣い。嬉しかった。貴方様にずっと憧れておりました。
でも、わたくしは豊穣の巫女になると決まっておりました。
来年になりましたら、神殿に入り、巫女となってこの国の豊穣を祈ろうと思います。」
豊穣の巫女とは、特別な力を持った者達が、神殿に集まり、国の豊穣を祈る巫女の事である。
巫女達の力のお陰で、この帝国は良い水が常に湧き出て、作物が良く育ち、
国土は緑に溢れて潤っていた。
皇太子レティストだって、豊穣の巫女の重要性は解っている。
巫女になったら10年は神殿にこもりっきりになるのだ。
今現在、10人の巫女達が祈りを捧げているが、10年も祈っていれば、力が衰えて来てしまう。そして誰でもいいと言う訳ではないのだ。
豊穣の力を持つ者。探せば持っているものはいるのだが、ただ強い力を持っている者は少ないのだ。
そして、豊穣の巫女に選ばれた者は、皆、国を栄えさせることが出来ると言う事で誇りに思い、特に強い力を持っているものは辞退は許されなかった。
アリスティーヌは皇太子レティストに、
「わたくしは強い力を持っていると、5年前に判明いたしました。ですから、
来年から10年、豊穣の巫女として、神殿に入る事になります。出てくるときは28歳になりますわ。力を使い果たした巫女は身体も弱ってしまって、子を産むことも出来なくなると言われております。皇太子殿下…わたくしは貴方様の妃になる事は出来ません。」
皇太子レティストは、次期皇帝になる事が決まっている。
そろそろ伴侶を得よと、父である皇帝から命令されているのだ。
皇太子レティストはアリスティーヌを抱き締めて。
「私の伴侶はアリスティーヌしかいない。私は待つよ。君が出てくるまで。」
「いけませんっ…それは…」
「いかに父の命令だとしても、私の妻はアリスティーヌだけだ。だから、君も出てきたら私を訪ねてきて欲しい。約束だ。いいね?」
「レティスト様…」
二人は抱き締め合った。
それからの二人は、アリスティーヌが神殿に入るまで、
なるべく頻繁に会い、デートを重ねて、愛を深めて行った。
とある冬の晴れた日。
皇太子レティストは、アリスティーヌと共に皇宮の庭を散歩しながら。
「もうすぐで、アリスティーヌは神殿に入ってしまうのだな。」
「ええ…わたくしは幸せでしたわ。短い間でもこうして皇太子殿下と共に過ごせたのですから。どうか…わたくしの事は忘れて、貴方様は伴侶を得て下さいませ。」
「私は待っている。忘れないで欲しい。君が出てくる頃にはもっと立派な男になって、
君を出迎えるよ。」
アリスティーヌの瞳から涙がこぼれる。
なんて美しい涙だろう。
「嬉しいですわ。でも…本当にわたくしの事は忘れて下さいませ。いいですね?」
皇太子レティストは強くアリスティーヌを抱き締めた。
この温もりを忘れたくない…そう強く思うレティストであった。