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河童の花嫁

作者: 黒山

とある女性が河童のお嫁さんになる話。

特に何も始まらない、ゆったり気味な短編です。


ノベルゲームコレクションにて公開中の自作ゲームの文章部分を抜き出し+web用に少し調整したものです。

内容はほぼ変わらないのですが、音と背景付きです。

ゲーム版も気が向きましたらよろしくお願いします。

→https://novelgame.jp/games/show/2169

私の夫は河童である。


夫はもちろんのことながら私もキュウリが大好きなので、夏になると夫婦二人でポリポリと飽きることなく新鮮な青味ををかじっている。

私と夫の出会いはそれなりに特殊なものだった。



私には三人の姉と父がいる。

母は私が小さい頃、流行病で死んでしまった。

貧しくひもじい生活ではあったが、そこそこ穏やかに暮らしていた。


とある夏のことだった。

その年、ひたすらに続く長雨で父の畑の作物がほとんどだめになってしまったのだ。

まあ、父の畑というよりは村の畑がほぼ全体的にだめであったのだが。


そうして村で話し合った結果、困った誰かが言った。

「河神様に生贄を捧げよう」と。


これまで村が人を贄に捧げたことはない。

だけれども生贄には若い女がいいだろうと、誰が言うでもなく皆が思っていた。

だから、四人も女がいる我が家に白羽の矢が立つのは当然だったのだろう。


その時姉たちにはそれぞれ婚約者や恋人がいたし、一番上の姉に至っては子を身ごもっていた。

私は痩せっぽっちで女にしては背も高く、まだ誰とも恋仲になったことがなかったのだ。


姉たちは私が行くことに反対した。

中でも一つ上の姉に至っては泣いて反対してくれた。

その姉とは小さな頃は喧嘩ばかりしていたし、私をよくからかってくる人だった。

だから少しだけ意外に思ったが、嬉しくもあった。


でもこのままなら、結局みんな死んでしまう。

それならば試してみる価値はあるように私は思った。

そう伝えると、姉は俯いて「馬鹿」と一言呟いたのを覚えている。

そんなの私が一番知っていたとも。


そうしてその日はやって来た。

あいかわらず雨は止まずに降っている。

こないだは土砂で向かいの牛が流された。

畑も家も、このままでは持たないだろう。


進むのがやっとの泥道を、多少仕立ての良い着物を着て歩いて行く。

せっかくの白色は飛んだ泥でまだらになる。

なんてもったいない。

河神がいるというその川は、長雨のせいで大分水かさが増してごうごうと流れていた。


急ごしらえで作られた祈りの言葉だのを唱え、儀式とやらは進んでいった。

興味を持てない私が川をじっと見てみると、濁流の中に深い深い色が見えた。

いつもの水の色とも違う、どこまでも続いているかのような青色がこちらを覗く。

けれど周りの者はそれを気にする様子がない。

ああ、河神さまが呼んでいるのだと、私は思った。


そう思うと居ても立っても居られず

私は、その青を目指して飛び込んだ。


意味の分からない祈りの言葉も、家族の声も、直前までの心音も、

――すべてが静かに、青くなった。




気が付けば、私は澄んだ水の中にいた。

あれほどの濁流であったはずなのに、なぜか私は穏やかに漂っている。

そしてぼんやりした頭で考える。どうして苦しくないのかと。

少し考えてから結論が出た。水中なのに、呼吸ができているではないか。

とてもとても驚いた。


そうして驚いている私の背後に、彼はいたのだ。

それが恐る恐る私の肩へ、そうっと手を乗せるものだから、私は先ほどよりも、もっともっと、おそらく人生で一番驚いた。

「はぎゃ?!!」

大声で私が叫んだため、彼はさっとその手を離す。

けれど私は思わず、その手を取ってぎゅっと握ってしまった。

彼の手はひんやりと冷たく、でもなんとなく弾力があり、大変握りやすい手であった。

「きゅ……」

握った手の先で小さく何かの鳴く声がした。

それが夫との出逢いだ。



水の底に届く、キラキラとした輝きで目が覚める。

だいたいその時間には、村の女たちがわいわいとおしゃべりをしながら

水を汲みにやってくる。

私はその賑やかな声を聞きながら、ゆうゆうと朝の散歩を始めるのだ。

川の散歩は面白い。


川底のカニが歩くのを眺めるのも、面にやまなしがぷかぷか浮いていくのを目で追うのも、私にとっては面白い。

いつも同じようで、同じものはなにもない。


川の底に住んではいるが、たまに姉たちがこちらに向かって手を振ったりお供え物を投げ入れたりしてくれる。

それなりに快適な生活だ。

ちなみに今日もお供えはキュウリ。

ちゃんと分かってくれているらしい。


別に外に出られないわけではないのだけれども、特にその必要は感じていない。

なにより、私が外に行こうとすると夫がひどく寂しいような顔をするのだ。

だから私は、こうして水の中でふよふよとする。

そして、ふよふよと漂いながら夫にそっと笑いかける。

すると彼もなんとなく喜んでくれている……ような気がするのだ。

それがなんだか嬉しくて、私はいつもそうして過ごす。

ついでに、そっと彼の手を取り絡ませる。

そうして握る手の柔らかな感覚が、私は好きだ。



夫は河童であるが、愛嬌があって可愛い顔をしており、なかなか力が強いところなどもかっこいい。

何より彼は私を大切にしてくれる。


普段の彼は、私が見る限りなんだかよくわからないいたずらを旅人にしかけている。

尻子玉を抜くと言うのはもう時代遅れであるらしい。

いろいろとネタを仕入れては試しているようだが、中でも彼は答えの無い謎解きや言葉遊びが好きだという。

残念ながら、私には学がないのでそれに付き合うことはできないのだが。

教えてくれようとしたこともあったし、それに答えたかったのだが如何せん、私は眠気に耐えることができなかった。

申し訳ないが、人には適正というものがある。


夫は本来、それなりに名の通った河の神様であるらしいが詳しいことはわからない。あまり話したくはないらしい。

そして――

どうしてあの夏、長雨が続いていたのか。

どうして私が来たら止んだのか。

本当に彼が雨を降らせていたのか。

私はいまでも分からない。

でもそれでいいと思う。

だって、彼が私の夫であることは変わらないのだし。


私の夫は河童である。


そして私は、ひんやりとした彼の体にもたれながら

今日も彼への愛をささやくのだ。


【おわり】

河童の手触りを知りたい。

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