屋外―イントロダクション―
まずい。
始業時刻まであと5分。入学早々遅刻すれば先生に目をつけられちまう。
まずい、まずい、まずい。
こんな時に限って赤信号が多い。しかも確かここの赤信号は長いんだ。ああくそ、仕方ない、こんな時こそ信号無視だ。近くに車は居ないな。
よし、今だ! 横断歩道の少し手前のところで走って道路を渡ろうとする。
ガチャン!
渡り始めた瞬間、後ろで何かが落ちた音がした。ああ、くそっ、カバンが開けっ放しじゃないか! 歩道に筆箱やら弁当やらが飛び散っている。慌てて拾って振り返ると、さっきより交通量が増えている。もうここを渡っても轢かれるだけだ。信号は赤。
はぁ、遅刻確定だ。
結局5分の遅刻だった。
「放課後、職員室横の進路相談室に来るように」
と担任に言われた。あの進路指導室か……。憂鬱な気分のまま、いつのまにか放課後になっていた。結局、嫌々ながらも言われた通り進路相談室ヘ向かった。
この進路相談室は生徒の間で「懲罰室」と呼ばれているらしく、狭い部屋、小さい窓から細い光が差し込む中、ヤクザみたいな風貌の生徒指導の先生と一対一で向かい合って叱られるそうだ。入学式で騒いでいた強そうな先輩が、泣きながらヨロヨロとこの部屋から出てきたのを覚えている。
だめだ、これ俺が入ったら死ぬやつだ。俺はここで引き返すべきなのでは? そうだ、そもそも遅刻くらいで懲罰室なんて大げさなんだよ。比例原則に反した処分は無効だと決まってるんだ。だから俺がわざわざ叱られに行く必要はないな。よし帰ろう――
ガシッ。
「おい、お前か、遅刻したのは。逃がさんぞ」突然ドアが開き、筋肉ヤクザに腕を捕まれ引きずり込まれる。いやまだ心の準備が……
「えっ、ちょっ、僕遅刻しただけなんですけど……」震え声で言う。ちょっと落ち着いた。
「はぁ? そんなの関係ねぇ、なぁにが『遅刻だけ』だ。立派な校則違反だぞ、反省してねェのか! 大体、お前、遅刻した理由が『夜遅くまでゲームしてて寝坊しました』って聞いたぞ? ふざけてやがるな?」
知らされてんのか。しらばっくれようと思ったけど無理みたいだ。こうなりゃ開き直ってやる。「いや僕は正直に言っただけですよ。まあ普通ならゲームしてました、とかじゃなくて家に忘れ物して取りに行ってたら遅れちゃいました〜、って言い訳だと思いますよ、みんな。いやほんと、正直者ですよ僕は。正直者に悪いものは居ません。そういうことです。じゃ、反省しておりますのでそろそろ失礼します」早口でまくし立ててみた。どうだ参ったか。さっさと俺を開放しろ。一瞬の沈黙。
「は?」
ヤクザが目を見開いて言う。顔中に血管が浮き出ている。あっこれキレさせちまったか? あー終わったな。もーだめだ。お父様お母様今までありがとうございました僕はもう死ぬようです――
バン。勢い良くドアが開く。
「ま、待ってください!」
女子の声だ。薄暗い部屋が少し明るくなった。
――というのがこのゲームの冒頭部分だ。この後、主人公のダメ男・須藤亮介と、なぜか彼を助けた美少女、清水真澄の二人が、彼女の率いる生徒会のメンバーや学園の生徒・教師の抱える問題を解決していく、というのがゲームの筋だ。相変わらず先生に叱られ続ける亮介と、学園一の優等生で皆に好かれる真澄という対称的な二人が織りなす、軽快さと重厚さを併せ持つ物語が人気を博し、このゲーム『カラフル・トラブル・スペクタクル』(通称『ルルル』)は日本中で大ヒットを巻き起こした。
『ルルル』シリーズは、この学園編無印と、学園編2・3、大学編、人気サブキャラが主人公の番外編、大学編2と続いており、今回発売されるのは二人が出会う前の物語、中学編だ。実は、この冒頭で真澄が亮介を助けた理由は、若干作中で匂わせてはいるものの、未だに判明していないのだ。その理由が今作で描かれるとスタッフが明言しており、ファンの間で期待が高まっている。
ところで僕は、『ルルル』の大ファンの一人、空閑透だ。今日は中学編の発売2週間前に開かれるファンイベントのために、地方の片田舎から東京まで3時間かけて来た。初めての東京。大勢の人々に押され、超高層ビルの高さにくらくらしながらも、なんとか会場にたどり着いた。
イベントは、まずスタッフのトークショーから始まる。だが、ここに集まった人々の目的はこれだけではない。このビル全体を使ってゲーム世界を再現した体験型イベントのために、これほど大勢の人々が集まっているのだ。
このイベントでは、ビルの各階は階と呼ばれるらしい。参加者は階間をエレベーターを使って移動する。それぞれの階には物語が設定されており、『ルルル』のゲームシステムと同様に、参加者は主人公・亮介として各登場人物が抱える問題を解決しなければならない。ゲームの物語を追体験しながら課題を解いてまわり、最終的に一番成績の良かった参加者は賞品として最新作の先行プレイ権をゲットできるのである(ただし、先行プレイした感想を提出する必要があるのだが)。
僕、透は、ゲームの発売から近所の電機屋に入荷されるまでに2週間はかかる片田舎に住んでいる。だから、ここで先行プレイ権を手に入れれば実質1ヶ月早くプレイできることになる。つまり、他の参加者とのやる気の差は段違い、というわけである。
おっと、まずい、イベント開始まであと5分だ。