1. 転生代行屋の長い一日
何番煎じかわかりませんが、メタ異世界転生ものです。
ちょっとハードボイルド風に仕立ててみました。
普通の異世界転生、俺TUEEE、周りYOEEEにくたびれた人は
きっとクスリと笑えるはず。
前半と後半で雰囲気大分違いますが、お楽しみ下され。
「あぁぁぁ……疲れた……」
男は思い切り伸びをすると、一日の疲れを吐き出すかのようにそう言った。
午前1時。
普通なら誰もが寝ているその時間に、男はひと仕事終えたようだった。
寒風をお気に入りのドカジャンでガードしつつ、両ポケットには一対の
ホッカイロ。
「寒い、寒い」
吐く息は白い。ただでさえ寒いこの季節に、この真夜中だ。もしかしたら氷点下を下回っているかもしれない。
ホッカイロを思い切り握りしめ、寒空の下、男は道のど真ん中でオリオン座を眺めていた。
「腹ごしらえでもするべ」
男は腹が減っていた。そういえば夕飯を食べたのは前日の午後5時だった。
それからと言うものの何も口に入れていない事に今、ようやく気がついたのだ。
幸い、ここは男のテリトリー範囲内だったので、この時間帯でもやっている店の場所は把握している。
女将さんの持病は良くなっただろうか。今日の突き出しは何だろうか。いつも居合わせるタクシー運転手は、今日も居るだろうか。
そんな事を考えながら、男はある食堂の暖簾をくぐった。
「いらっしゃい。あら、今日はここでお仕事?」
「えぇ、まぁ」
「お疲れ様。ねぇ、ヤマさん。今日は来たわよ」
入店早々、女将の歓待を受ける。この女将の笑顔のお陰でリピーターになっているのは言うまでもないだろう。
「お、こっちこっち」
「ヤマさん。居たんですね」
「いつも居るよ」
「帰らなくていいんですかね」
「いんだよ……どーせ碌な事ねぇ」
「そうすか」
このヤマという、髭をたくわえた中年は、どうやら家庭に退っ引きならぬ事情を持っているらしい。
男も薄々感づいてはいるものの、余計な干渉はすまいと誓っていた。
面倒だからだ。
「はい、どうぞ」
丁度いいタイミングで突き出しが来た。遠くから既に香っていた出汁の香りが、疲れた身体に沁みる。
もう男には、それが何なのかは大体予想が付いていた。
「あ、おでんだ。今日は超豪華!」
「俺達酒飲まないのに、いつも悪いねぇ。女将さん」
「いいんですよ。頑張ってる皆さんへのご褒美です」
「熱っ、うま……」
「おぉおぉ、美味そうに食うねぇ」
男がおでんを食す時は、まずは大根と決まっている。〆は勿論たまご。
厳選された3品目の中にこの2つが入っていたのは、男にとっては嬉しいニュースだった。
残り一つの結び昆布からしみ出る出汁も良い。
男はアツアツの大根を半分かじった所で、壁にかけられたオススメメニューに目を移す。
「なめろうと……えっと、牛すじ煮込みとごま豆腐下さい。あと熱いお茶」
「はい、お待ち下さいね」
「相変わらずなめろう好きなのな」
「ヤマさんこそ、いっつも酒盗チーズじゃないですか」
「お互い酒飲まねぇってのにな」
「そうですね」
男もヤマも、車の運転を生業としている以上、飲酒は休みの日のみ許されている。だがあまりにも飲まない日が多く、二人とも次第に全く飲まなくなっていったのだ。
「ほい、じゃあ乾杯」
「乾杯」
仕事の関係上、半分旅烏状態の男がヤマに会うのは半年ぶりである。
無論、この店に来たのも半年ぶり。それでも覚えていてくれた事に感謝しながら、男は一時の休息を享受していた。
そんな最中の出来事である。
「んっ」
「あら」
「また来たか、緊急出動!」
男の携帯電話がジリリと音を放っていた。
ヤマの口から出たように、これは珍しい事では無いようだ。
「ちょっと失礼」
ズボンのポケットから音の発生元を乱暴に取り出しつつ、男は店を出た。
卓には人質としてなのか、男の財布が置かれたままだった。
「別に食い逃げなんて疑ってないのに」
「そういう男なんだよ、あいつは」
「律儀……って言うのかしらね」
「どうだろうなぁ」
扉を閉めた後、店の中の二人はこんな事を言っていた。
既に通話を始めていた男の耳には届いてはいないようだったが。
「はい、田中です」
男は電話の相手に、慇懃無礼にそう名乗った。
「いや、一応人前だしな」
「……日時と場所は?」
「飛ばせば行ける。無理させるんだから、駄賃には色つけろよ」
「ところでそいつは何処に『逝きたい』んだ?」
「はぁ、またそこか。人気だな。了解」
依頼の電話のようだ。男はまた一つ、大きな白いため息をつくと、携帯電話をポケットへと戻し、再び暖簾をくぐった。
「今度はどこ?」
「ここから6時間くらいかかる所。4時間で来いって」
「そりゃあ飛ばさねぇとな」
「気をつけてね。これ、途中で食べて」
女将が男に手渡したのは、笹の葉でくるまれたちまきのような物だった。
「ありがと、女将さん。これお代。ヤマさんの分も」
「おいおいおい俺は別に貧乏じゃねぇぞ。ここは貧乏だけど……な!」
ヤマは胸に手を当てながら、男が差し出した『一葉』に対し、返す刀で『3人の英世』を男へ突き出した。
「……それじゃ。行ってきます」
少しだけ残っていた牛すじ煮込みを手早く口へ流し込み、『2人の英世』だけ抜き取ると、男は席を立ち、そそくさと出口へ向かった。
「行ってらっしゃい」
「また来いよな!」
後ろ手に手を振りながら、男は店を後にした。
ここからは男の仕事の時間だ。もう半年は寝ていない、仕事人田中がまた動き始める。
男の相棒は中型のトラックだ。羽振りの良くなった彼は、最近新車を購入した。
その額およそ1000万円。夜中動く事も多いので、静音性の高いハイブリッドを選んだ。
「さぁて、待ってろよ。死にたがりめ」
死神のような台詞を吐きながら、男は夜の東名高速道路へと向かっていった。
向かうは西方、なにわの町の農道だ。
「田中だ。タナトス、ちょっと付き合え」
センターコンソールBOXに置いた携帯電話に向けて、男は打って変わってぶっきら棒にそう言った。
「はいはい。こちら、いつもあなたのお側に臥する死の恐怖、タナトスです」
「おい、タナトス。さっきは時間が無かったから聞かなかったがな」
「なんです?」
「もうちょっとこの計画性の無さをどうにか出来んのか」
「と言うと?」
「依頼は一週間前までにって、散々言ってただろうがコラ」
「ごめ……ごメデューサ」
「死ね」
「メデューサって私の部下なんですけどね……最近私に冷たいんです」
「大丈夫、気のせいだ」
「田中さん優しい!」
「きっと最初からだ」
「田中さん厳しい!」
電話の相手は、先程の依頼者のようだ。
タナトスと名乗る若い女性と思しき依頼者は、この時間でも平常運転、いやむしろ元気過ぎると言っていいくらいの喧しさであった。
「それで、今回はどうしてこんな急になったんだ」
「えーとそれはですね。話すと長くなるんですが……」
「聞こうか」
「認識はしていたんですよ。もう私側での処置は済ませてありましたしね。それは田中さんも知ってますよね」
「あぁそうだな」
「それでその後、執行日時を私の方で決める段取りになってるじゃないですか~」
「そこだな。そこだよ」
「私、慣れないエクセルでの管理に疑問を覚えているんです。便利だとは思うんですけどね」
「お前、どうせ管理表に今回の事を入力するの忘れてて、ぼーっとしてたら急に思い出して……大方、たこ焼きでも食べてたら連想で思い出したんだろ。それで血相変えて俺に電話してきたと、そういう事なんだろ?」
「有り体に言えば」
「死ね」
「タナトスだけに?」
「素直に謝れ」
「ごめんなさい……」
男が凄みのある声でそう言うと、タナトスは観念したかのように落胆して謝罪の弁を呟いた。パワーバランスはどうやら男の方に傾いているようだ。
「興味本位だが、一応ターゲットの情報くれや」
「住所不定無職、35歳男性。ガチャ課金のし過ぎが原因で実家を追い出され、隣町へ移って公園を転々とする毎日」
「今じゃ逆に珍しいタイプだな。最近はごく普通の若いリーマンとか学生が多かったから」
「ですねぇ。性格は一言で言ってしまえば陰キャラ」
「まぁそうなるだろうな」
「20代の頃は倉庫で荷降ろしの仕事してたみたい。誰かさんみたいに」
「一緒にすんなや」
「重度のワキガ」
「いらない情報だなそりゃ……」
淡々と個人情報を漏洩するタナトスに、これまた淡々と言葉を返す男。
ターゲットとされる男性もまさか、自分のプロフィールがこんな形で槍玉に挙げられているとは思ってもいないだろう。
「それにしても田中さんて本当に変な人ですよね」
「何で」
「いやだって、この人とはもう二度と関わる事なんて無いんですよ? そんな人の情報聞いて何になるんですか?」
「……別に。興味本位って言ったろ」
少し間を置き、バツが悪そうに答える男の顔は、どこか影を落としているようにも見える。
これ以上触れるな、とでも言いたそうな顔色だった。
「ふぅぅぅ……ありがとよ。それじゃそろそろ着くから、切るぞ」
「では後はよしなによろしくです」
「はいよ。駄賃、ちゃんと耳を揃えて払えよ?」
「はいはい」
陽は既に昇り始めていた。指定の時間まであと5分。
ここから先、男は一切の外部情報を経つ事にしている。
一流の仕事人は、誰しもが独自のルーティーンを持っているという。男にとっては今からがそれだ。
まず、カーオーディオの電源を入れ、お気に入りの音楽『威風堂々』を流す。ボリュームは勿論、車内で聞こえる程度にして。
そして片手で回していたハンドルに、遊んでいた左手を添える。背筋を伸ばし、ただひたすらに前を見据える。寸分の狂いも許されないからだ。
「代行田中、入ります」
一言だけ。男はそう言った。これもルーティーンの一環である。あくまで代行であるという事を強調したいらしい。
あと1分。
周りはまだ人通りの少ない農道だ。その真ん中でターゲットは、まるで魂でも抜かれたかのようにゆらりゆらりと歩いていた。
男がそれを視認すると、一旦停車し、タイミングを図る。
禍々しいデザインの腕時計には、指定までの残り時間が表示されている。
「ふぅぅぅぅぅぅ……」
男はひときわ強く息を吐き、そして再びアクセルを踏み込む。
その先にはターゲット。残り10秒。もう時間が無い。
一体男は何を代行するのか。
プワァァァァァァン!!!
けたたましいクラクションの音が鳴り響く。残り5秒。
男の乗るトラックの走行速度が緩む気配は無い。
ドスッ!!!
指定の時間。18時52分25秒。鈍い音が木霊していた。
トラックはそのまま何事も無かったかのように通り過ぎていく。
手足凍える朝ぼらけ、遮蔽物の無い農道で、強い寒風に晒されながら、ターゲットの男性は静かに横たわっていた。
「代行田中、上がります………………はぁぁぁぁぁぁ……」
男がそう呟くと、肩の荷が降りたのか、ルーティーンが終わったのか、再びトラックを停車させ、ぐったりと項垂れた。
そしてそのまま、携帯電話で通話を始める。
「田中だ。どうだ、タナトス。無事『逝った』か」
「はいは~い、無事『転生』の準備整ったようですよ! もう大喜びっぽいです」
「そうかそうか。あぁぁぁ……今回はしんどかったな……」
「お疲れ様です! それでですね田中さん、グッドニュースです」
「何だって?」
「今回で『転生代行』100人目達成です~~!!!」
「へぇ」
「感動薄っ!」
男の名は田中太郎。
職業、転生代行屋。
100人を異世界へ送り出した必殺仕事人である。
「うし、駄賃もデカイし、景気づけにガチャひくか!」
「……やっぱり似てるじゃないですか、今回のターゲットに」
「……」
100回中、SSR0、SR4、R22、N74。
「クソッタレめ!」
男は今日も走り続ける。未だ見ぬ転生希望者の為に。