表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『転生代行』はじめました  作者: ワミングウェイ
1/3

1. 転生代行屋の長い一日

何番煎じかわかりませんが、メタ異世界転生ものです。

ちょっとハードボイルド風に仕立ててみました。


普通の異世界転生、俺TUEEE、周りYOEEEにくたびれた人は

きっとクスリと笑えるはず。

前半と後半で雰囲気大分違いますが、お楽しみ下され。

「あぁぁぁ……疲れた……」


 男は思い切り伸びをすると、一日の疲れを吐き出すかのようにそう言った。

 午前1時。

 普通なら誰もが寝ているその時間に、男はひと仕事終えたようだった。

 寒風をお気に入りのドカジャンでガードしつつ、両ポケットには一対の

 ホッカイロ。


「寒い、寒い」


 吐く息は白い。ただでさえ寒いこの季節に、この真夜中だ。もしかしたら氷点下を下回っているかもしれない。

 ホッカイロを思い切り握りしめ、寒空の下、男は道のど真ん中でオリオン座を眺めていた。


「腹ごしらえでもするべ」


 男は腹が減っていた。そういえば夕飯を食べたのは前日の午後5時だった。

 それからと言うものの何も口に入れていない事に今、ようやく気がついたのだ。

 幸い、ここは男のテリトリー範囲内だったので、この時間帯でもやっている店の場所は把握している。

 女将さんの持病は良くなっただろうか。今日の突き出しは何だろうか。いつも居合わせるタクシー運転手は、今日も居るだろうか。

 そんな事を考えながら、男はある食堂の暖簾をくぐった。


「いらっしゃい。あら、今日はここでお仕事?」

「えぇ、まぁ」

「お疲れ様。ねぇ、ヤマさん。今日は来たわよ」


 入店早々、女将の歓待を受ける。この女将の笑顔のお陰でリピーターになっているのは言うまでもないだろう。


「お、こっちこっち」

「ヤマさん。居たんですね」

「いつも居るよ」

「帰らなくていいんですかね」

「いんだよ……どーせ碌な事ねぇ」

「そうすか」


 このヤマという、髭をたくわえた中年は、どうやら家庭に退っ引きならぬ事情を持っているらしい。

 男も薄々感づいてはいるものの、余計な干渉はすまいと誓っていた。

 面倒だからだ。


「はい、どうぞ」


 丁度いいタイミングで突き出しが来た。遠くから既に香っていた出汁の香りが、疲れた身体に沁みる。

 もう男には、それが何なのかは大体予想が付いていた。


「あ、おでんだ。今日は超豪華!」

「俺達酒飲まないのに、いつも悪いねぇ。女将さん」

「いいんですよ。頑張ってる皆さんへのご褒美です」

「熱っ、うま……」

「おぉおぉ、美味そうに食うねぇ」


 男がおでんを食す時は、まずは大根と決まっている。〆は勿論たまご。

 厳選された3品目の中にこの2つが入っていたのは、男にとっては嬉しいニュースだった。

 残り一つの結び昆布からしみ出る出汁も良い。

 男はアツアツの大根を半分かじった所で、壁にかけられたオススメメニューに目を移す。


「なめろうと……えっと、牛すじ煮込みとごま豆腐下さい。あと熱いお茶」

「はい、お待ち下さいね」

「相変わらずなめろう好きなのな」

「ヤマさんこそ、いっつも酒盗チーズじゃないですか」

「お互い酒飲まねぇってのにな」

「そうですね」


 男もヤマも、車の運転を生業としている以上、飲酒は休みの日のみ許されている。だがあまりにも飲まない日が多く、二人とも次第に全く飲まなくなっていったのだ。


「ほい、じゃあ乾杯」

「乾杯」


 仕事の関係上、半分旅烏状態の男がヤマに会うのは半年ぶりである。

 無論、この店に来たのも半年ぶり。それでも覚えていてくれた事に感謝しながら、男は一時の休息を享受していた。

 そんな最中の出来事である。


「んっ」

「あら」

「また来たか、緊急出動!」


 男の携帯電話がジリリと音を放っていた。

 ヤマの口から出たように、これは珍しい事では無いようだ。


「ちょっと失礼」


 ズボンのポケットから音の発生元を乱暴に取り出しつつ、男は店を出た。

 卓には人質としてなのか、男の財布が置かれたままだった。


「別に食い逃げなんて疑ってないのに」

「そういう男なんだよ、あいつは」

「律儀……って言うのかしらね」

「どうだろうなぁ」


 扉を閉めた後、店の中の二人はこんな事を言っていた。

 既に通話を始めていた男の耳には届いてはいないようだったが。


「はい、田中です」


 男は電話の相手に、慇懃無礼にそう名乗った。


「いや、一応人前だしな」

「……日時と場所は?」

「飛ばせば行ける。無理させるんだから、駄賃には色つけろよ」

「ところでそいつは何処に『逝きたい』んだ?」

「はぁ、またそこか。人気だな。了解」


 依頼の電話のようだ。男はまた一つ、大きな白いため息をつくと、携帯電話をポケットへと戻し、再び暖簾をくぐった。


「今度はどこ?」

「ここから6時間くらいかかる所。4時間で来いって」

「そりゃあ飛ばさねぇとな」

「気をつけてね。これ、途中で食べて」


 女将が男に手渡したのは、笹の葉でくるまれたちまきのような物だった。


「ありがと、女将さん。これお代。ヤマさんの分も」

「おいおいおい俺は別に貧乏じゃねぇぞ。ここは貧乏だけど……な!」


 ヤマは胸に手を当てながら、男が差し出した『一葉』に対し、返す刀で『3人の英世』を男へ突き出した。


「……それじゃ。行ってきます」


 少しだけ残っていた牛すじ煮込みを手早く口へ流し込み、『2人の英世』だけ抜き取ると、男は席を立ち、そそくさと出口へ向かった。


「行ってらっしゃい」

「また来いよな!」


 後ろ手に手を振りながら、男は店を後にした。

 ここからは男の仕事の時間だ。もう半年は寝ていない、仕事人田中がまた動き始める。

 男の相棒は中型のトラックだ。羽振りの良くなった彼は、最近新車を購入した。

 その額およそ1000万円。夜中動く事も多いので、静音性の高いハイブリッドを選んだ。


「さぁて、待ってろよ。死にたがりめ」


 死神のような台詞を吐きながら、男は夜の東名高速道路へと向かっていった。

 向かうは西方、なにわの町の農道だ。




「田中だ。タナトス、ちょっと付き合え」


 センターコンソールBOXに置いた携帯電話に向けて、男は打って変わってぶっきら棒にそう言った。


「はいはい。こちら、いつもあなたのお側に臥する死の恐怖、タナトスです」

「おい、タナトス。さっきは時間が無かったから聞かなかったがな」

「なんです?」

「もうちょっとこの計画性の無さをどうにか出来んのか」

「と言うと?」

「依頼は一週間前までにって、散々言ってただろうがコラ」

「ごめ……ごメデューサ」

「死ね」

「メデューサって私の部下なんですけどね……最近私に冷たいんです」

「大丈夫、気のせいだ」

「田中さん優しい!」

「きっと最初からだ」

「田中さん厳しい!」


 電話の相手は、先程の依頼者のようだ。

 タナトスと名乗る若い女性と思しき依頼者は、この時間でも平常運転、いやむしろ元気過ぎると言っていいくらいの喧しさであった。


「それで、今回はどうしてこんな急になったんだ」

「えーとそれはですね。話すと長くなるんですが……」

「聞こうか」

「認識はしていたんですよ。もう私側での処置は済ませてありましたしね。それは田中さんも知ってますよね」

「あぁそうだな」

「それでその後、執行日時を私の方で決める段取りになってるじゃないですか~」

「そこだな。そこだよ」

「私、慣れないエクセルでの管理に疑問を覚えているんです。便利だとは思うんですけどね」

「お前、どうせ管理表に今回の事を入力するの忘れてて、ぼーっとしてたら急に思い出して……大方、たこ焼きでも食べてたら連想で思い出したんだろ。それで血相変えて俺に電話してきたと、そういう事なんだろ?」

「有り体に言えば」

「死ね」

「タナトスだけに?」

「素直に謝れ」

「ごめんなさい……」


 男が凄みのある声でそう言うと、タナトスは観念したかのように落胆して謝罪の弁を呟いた。パワーバランスはどうやら男の方に傾いているようだ。


「興味本位だが、一応ターゲットの情報くれや」

「住所不定無職、35歳男性。ガチャ課金のし過ぎが原因で実家を追い出され、隣町へ移って公園を転々とする毎日」

「今じゃ逆に珍しいタイプだな。最近はごく普通の若いリーマンとか学生が多かったから」

「ですねぇ。性格は一言で言ってしまえば陰キャラ」

「まぁそうなるだろうな」

「20代の頃は倉庫で荷降ろしの仕事してたみたい。誰かさんみたいに」

「一緒にすんなや」

「重度のワキガ」

「いらない情報だなそりゃ……」


 淡々と個人情報を漏洩するタナトスに、これまた淡々と言葉を返す男。

 ターゲットとされる男性もまさか、自分のプロフィールがこんな形で槍玉に挙げられているとは思ってもいないだろう。


「それにしても田中さんて本当に変な人ですよね」

「何で」

「いやだって、この人とはもう二度と関わる事なんて無いんですよ? そんな人の情報聞いて何になるんですか?」

「……別に。興味本位って言ったろ」


 少し間を置き、バツが悪そうに答える男の顔は、どこか影を落としているようにも見える。

 これ以上触れるな、とでも言いたそうな顔色だった。


「ふぅぅぅ……ありがとよ。それじゃそろそろ着くから、切るぞ」

「では後はよしなによろしくです」

「はいよ。駄賃、ちゃんと耳を揃えて払えよ?」

「はいはい」


 陽は既に昇り始めていた。指定の時間まであと5分。

 ここから先、男は一切の外部情報を経つ事にしている。

 一流の仕事人は、誰しもが独自のルーティーンを持っているという。男にとっては今からがそれだ。

 まず、カーオーディオの電源を入れ、お気に入りの音楽『威風堂々』を流す。ボリュームは勿論、車内で聞こえる程度にして。

 そして片手で回していたハンドルに、遊んでいた左手を添える。背筋を伸ばし、ただひたすらに前を見据える。寸分の狂いも許されないからだ。


「代行田中、入ります」


 一言だけ。男はそう言った。これもルーティーンの一環である。あくまで代行であるという事を強調したいらしい。

 あと1分。

 周りはまだ人通りの少ない農道だ。その真ん中でターゲットは、まるで魂でも抜かれたかのようにゆらりゆらりと歩いていた。

 男がそれを視認すると、一旦停車し、タイミングを図る。

 禍々しいデザインの腕時計には、指定までの残り時間が表示されている。


「ふぅぅぅぅぅぅ……」


 男はひときわ強く息を吐き、そして再びアクセルを踏み込む。

 その先にはターゲット。残り10秒。もう時間が無い。

 一体男は何を代行するのか。


 プワァァァァァァン!!!


 けたたましいクラクションの音が鳴り響く。残り5秒。

 男の乗るトラックの走行速度が緩む気配は無い。


 ドスッ!!!


 指定の時間。18時52分25秒。鈍い音が木霊していた。

 トラックはそのまま何事も無かったかのように通り過ぎていく。

 手足凍える朝ぼらけ、遮蔽物の無い農道で、強い寒風に晒されながら、ターゲットの男性は静かに横たわっていた。


「代行田中、上がります………………はぁぁぁぁぁぁ……」


 男がそう呟くと、肩の荷が降りたのか、ルーティーンが終わったのか、再びトラックを停車させ、ぐったりと項垂れた。

 そしてそのまま、携帯電話で通話を始める。


「田中だ。どうだ、タナトス。無事『逝った』か」

「はいは~い、無事『転生』の準備整ったようですよ! もう大喜びっぽいです」

「そうかそうか。あぁぁぁ……今回はしんどかったな……」

「お疲れ様です! それでですね田中さん、グッドニュースです」

「何だって?」

「今回で『転生代行』100人目達成です~~!!!」

「へぇ」

「感動薄っ!」


 男の名は田中太郎。

 職業、転生代行屋。

 100人を異世界へ送り出した必殺仕事人である。







「うし、駄賃もデカイし、景気づけにガチャひくか!」

「……やっぱり似てるじゃないですか、今回のターゲットに」

「……」


 100回中、SSR0、SR4、R22、N74。


「クソッタレめ!」


 男は今日も走り続ける。未だ見ぬ転生希望者の為に。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ